ハンサム・ザ・キャット ~愛の因数分解~ 〈19.月の石爆発事件 その1〉
麻也とハンサムは矢城刑事と相談して、ハンサムが被害届を出す事にした。そうすれば、警察が動く事によって、襲う側も少しは用心して、襲うのを躊躇うかもしれない、と言うのが理由だった。
ハンサムの身元が不明である事や、設楽の立場や、諸々の事情を考えて、拉致に関する事は届けず、結局、飲み物の異物混入事件として捜査される事になった。
「どうやら、トイレに立った時に、お茶のペットボトルに薬を入れられたようだな。指紋は月影の物だけだったらしい。当時、あの場所には21人の人が居たようだが、その内の少なくとも一人が、係わっているという事になるな。誰かが入って来て入れていった、とも考えられているのだが、設楽という人が、その間には誰も学校に入って行かなかった、と言っていたんだね?」
矢城刑事が麻也に聞いた。
矢城刑事は、管轄が違うので事件の捜査には関わっていないが、情報は教えてもらえる事になっているらしい。非番の日曜日、麻也の家にやって来て、ハンサム達にいろいろと教えてくれていた。
「はい。ずっと見張っていたから間違いないそうです」
「設楽という人は一体どういう人なんだね?」
「よくは知りません。ハンサムと同じ職場にいる人なんですが、尾之多君からハンサムのボディガードを頼まれていた、と、言っていました」
ハンサムは、睡眠薬を飲まされて、ふらふらと道端で眠ってしまっていた所を、ハンサムの同僚である設楽が通りがかりに見つけて、家に連れてきてくれた事になっている。そのため、設楽は警察から簡単な聴取しかされていないのだ。
「尾之多博行。尾之多家の坊ちゃんだな」
「尾之多君は、今、アメリカに行っているんですが、去年の暮れに、向こうで、〔月の石〕に係わる事件に巻き込まれたんだそうです。その〔月の石〕が、前の事件とも関係あるかもしれないから、注意した方がいいって、連絡をくれていたんです。でも、ボディガードまで頼んでくれていたとは知りませんでした」
麻也は、自分が〔月の石〕で願い事を叶えてもらった事は、絶対に誰にも言わないと心に決めていた。言えば、ハンサムの事も言わなければならなくなる。人間として生きようとしているハンサムが、マスコミや科学の実験の犠牲になるのだけは、絶対に見たくない。ハンサムにも秘密を守るよう頼んでいた。
ハンサムも、人間として生きていくためには、秘密は守った方がいいと理解していた。
ハンサムが拉致された夜、〔月の石〕を持ってきた異世界の人に出会った事や、あの不思議な女性に会った事、話された言葉は、今はまだ、麻也だけの心にしまい込んである。
「ふぅむ。〔月の石〕か。何やらアルファベットの集団が、他にも幾つか係わっていそうな、警察の手の届かん事件になりそうな、嫌な予感がするな」
矢城刑事はちょっと困ったような顔つきで、人差し指でこりこりとこめかみを掻いた。
「アルファベットの集団と言うと、CIAとかですの?」
丁度その時、キッチンから紅茶とケーキを持ってきた母が聞く。
「あ、いや、あの時はいろいろとお騒がせしましたな。いや、今度の事件は関係ないと思いますよ。単なる嫌がらせではないかと思っております」
麻也の頼みで、母にも拉致された事は伏せてあった。母の性格を考えて、巻き込まれないようにとの配慮だった。
「嫌がらせで睡眠薬を使うなんて。危ないわ。下手したら凍死してしまうのに。きつくお説教してやってくださいね」
「はい、分かりました。犯人が見つかったら、きつくお説教するよう伝えておきます」
きっぱりと言う矢城刑事の言葉を聞いて、母は満足したようだった。
矢城刑事が紅茶をすすっていると、誰かが訪ねてきた。
「噂をすれば影、ですわね」
母が客を連れてくると、皆が驚いた。
「尾之多君! アメリカに行っているんじゃなかったの?」
「やあ、元気かい? ちょっと野暮用で帰ってきた所だよ」
大きな土産袋を抱えた博行は、前に会った時よりも大人の女性に成長している麻也を、眩しそうに見つめて、挨拶をした。そこへ、矢城が割って入った。
「ほう、どんな野暮用か聞かせてもらえると嬉しいね」
「これは、矢城刑事さん。刑事さんがここにいるとは思わなかったな。悪いけど、あなたの分のお土産は買ってきませんでしたよ」
それほど驚いている様子も見せずに、矢城を見て言う。
「構わんよ。お前さん、向こうでおかしな事件に巻き込まれたんだそうだな?」
「え? ああ、あの事ね。単なる事情聴取だけですよ。どうってことありません」
「お前さんのどうってことない、は、あるという風にも聞こえるな」
「はははは。考えすぎると、早く禿げますよ。麻也、こっちでもおかしな事件があったんだって? 無事で良かった」
返事を適当にはぐらかして、麻也の方に向き直る。
「事件に遭ったのは僕の方だよ」 と、横からハンサムが言う。
「お前、無事で良かったな。今度からもっと気をつけろよ。麻也を巻き込まないようにする為にもな」
「うん。分かってる」
しおしおになった様子のハンサム。
母が博行の分の紅茶とケーキを持ってきた。
「刑事さん。さっき、〔月の石〕とか、おっしゃってませんでした?」
「ええ、言いましたが。それが何か?」
「今さっき、ダイニングキッチンのテレビをつけたんですけど、その話が出ているようですよ」
「えっ!?」
皆の間に、さっと、緊張が走った。応接室のテレビをつける。ニュースの番組に変える。画面一杯に、もうもうと黒煙をあげる大きな建物の姿が映し出された。



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