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2007年9月

ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈3.麻也の憂鬱〉

 わたしは俗に言う優等生である。べつに威張っているわけでも気負っているわけでもない。ただ、たまたまそうなってしまっただけの事だと思っている。

 三人兄弟の真ん中って、よくあるように、親から目を掛けられることって少ないみたい。上は初めての子供だからって手を掛け、一番下には甘くなり、真ん中は程よく手抜きって感じ。おまけにわたしの場合、女の子だからいつかは嫁に出て行くから、なんておまけまで付いている。

 ほったらかしの中で、何とか親に気に入られようと、あちこち気を配ったりして努力してみたものの、特に目立った取り柄の無いわたしには成功する術もなく、勉強以外に自己主張する道がなかったとも言える。ドロップアウトする度胸もなかったしね。

 優等生になるのに素質なんかいらないと思う。要るのは努力と忍耐だけ。でも、優等生でいるってハンパじゃないよ。日々の勉強だけじゃなく、周りの要求に対しての協調や妥協、気配りなどが必要だし、「優等生」という偏見の目で見られ、差別される事にも耐えなければならない。

 その昔、優等生と言うことで尊敬の対象になったという時代があった、と言う伝説を聞いた事はあるけど、今の時代は、「優等生」というのは人種差別され、いじめの対象にされる危険を含んだ存在でもある。

 陰でどんなに努力してやった事も、当たり前の事として評価される。そして、ろくだま努力しなかった者の理不尽な嫉妬や怒りをも、甘んじて受けなければいけない。

 わたしの努力は決して正当に評価されていないと思う。でも、それが自分で選んだ道だから、その事で親に少しでも認めてもらえているから、努力し続けていられたのだと思う。

 今では、「優等生」が染み付いてしまって、真面目が唯一の取り柄というか、砦になってしまっている。わたしだって、髪染めてボディコン決めて、みんなとミーハー、楽しくやってみたいという気持ちが無いわけではない。でも、自分で作り上げてしまった殻の中にいる事で、自分を守りたい気持ちのほうが大きいのだ。



 「幸坂さん、これお願い」

 跡宮由香はその日の生徒会の日誌を麻也に渡すと、当然のように返事も待たずに会議室を飛び出して行った。廊下で待っていた友達と笑い合う声が聞こえる。ケイタイで知った新しいブティックに立ち寄る予定のようだ。

 「じゃあ、後よろしく。幸坂さん」

 生徒会長の尾之多博行はじめ、生徒会のメンバーの面々がぞろぞろと会議室を出て行く。

 ひとり残った副会長の幸坂麻也は、ノートの記帳を済ませ、会議室の後始末をしてから教員室に行く。担当教官に報告をしてノートを渡し、校舎を出ると、校庭のポプラの木に夕日が掛かっていた。秋を感じさせる風が、麻也の制服の裾をひらめかせて、麻也は顔の前になびいた髪の毛を、手で後ろに梳かした。

 夕食の献立を考えながら駅へと向かう。そろそろ夕食の買い物時。でも、勤め帰りの人種がなだれ込んで混雑するには、少し時間がある。いつもなら真っ直ぐに駅前通に向かうのだが、今日の麻也はちょっとセンチメンタルで、遠回りする気になったようだった。

 学校と駅の中頃から、市の図書館に向かう道へと逸れる。ゴミゴミした狭い通りを抜けて、公道に歩を進めると、子供達の何か騒ぐ声が耳に入ってきた。

 見ると、近くの公園で、水鉄砲を構えた三人の小学生らしき男の子達が、射的ごっこを楽しんでいるようだった。

 公園の側を通り過ぎながら、見るともなしに、標的になっている小動物が目に入った。公園の木の枝に追い詰められた猫は、もうかなりの間標的になっているらしく、ずぶ濡れでぺっしゃんこの体が細く痛々しい。鳴き声さえ出さずに、災難に耐えているようだ。最近の水鉄砲はかなりの水圧があるとみえて、枝にしがみついているのが精一杯の様子。

 と、勢いの良い水が猫の腕を直撃。猫は足を滑らせて真っ逆さまに落ち、男の子達の歓声が上がった。幸い、猫の本能が回転を加えたため、激突にはならなかったが、木の枝の下はすでに水浸しで、泥だらけ。動物愛護精神に欠けた子供達は、容赦も無く、近くに射落とした可愛そうな標的に向けて、水鉄砲を打ち続けようとした。

 「やめなさいっ!!」

 我知らず大声を出して、麻也は公園の中に駆け込んでいた。

Mayanoyuuutu 

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈2.決意の家出〉

 暗闇の中でひとりぼっち、お腹はすくし、心細いし。僕は狭い空間の中で、何処へ連れて行かれるのか分からない不安で一杯だった。

 不意に眩しい光が頭の上の方から差し込んできて、僕は目を細めた。

「ほらね、可愛い子でしょ」

「本当! 抱いてみてもいい?」

 暖かい小さな手が僕を箱の中から抱き上げて、その胸へと押し当てた。

「うわぁ! ふわふわだよ。名前はなんていうの?」

「美弥ちゃんが自分でつけていいのよ」

「うん! ミュゥちゃん! ミュゥちゃんにする」

「まあ! 可愛い、いい名前ね。仲良くしてあげてね」

 僕が小さかった時、僕達家族を養ってくれていたお婆さんが亡くなった。お婆さんは独り暮らしだったので、その後もしばらく僕達家族はお婆さんの家に住んでいたのだけれど・・・。

 その時の事は今でも忘れない。いきなり大勢の人間達がお婆さんの家に踏み込んで来たんだ。誰にも知られないままお婆さんが亡くなっているのが発見されて、人間達は大騒ぎ。母は危険を察知して、僕達をどこか別の場所に移そうとしたんだ。でも、母は猫なので、一度に一匹づつしか運べない。妹を運んでいる間に、僕と姉さんは見つかってしまった。

 僕と姉さんは何処かの施設に入れられることになって、狭いケージに入れられて、自動車で運ばれた。そこの施設では、一定の期間しか保護できない事になっていて、姉さんの方は貰い手が現れたんだけど、僕はその期間が過ぎてしまうまでそこにいたんだ。本当は、その期間が過ぎたら殺されることになっていたらしいんだけど。

「ごめんな。こんな事しかしてやれなくて。でも、いい人に巡り会えるまで、そこの木陰で見張っているからな。心配するなよ」

 係の人が貰い受けてくれて、でも、係の人の家は猫を飼ってはいけない家だったので、三日目に、僕はいわしのビスケットの袋と一緒に、公園に捨てられることになったんだ。

 美弥ちゃんのママが見つけてくれたのは、そのすぐ後だった。

 それから僕は、美弥ちゃんと幸せな一年を過ごすことが出来た。でも、別れの時は突然来るもの。僕は行かなくちゃ。

「ミュゥちゃん!ミュゥちゃん!」

 美弥ちゃんが僕を呼んでいる声が聞こえる。僕は彼女に最後の挨拶をしに行った。

『ごめんね。僕、どうしてもやりたい事があるの。それが終わったら、きっと帰ってくるから』

 思いっきり彼女の頬にスリスリすると、一年間の思い出が優しく心を通り過ぎて行った。それから、暖かい腕をするりと抜けて、家を出た。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈1.月の誘惑 その2〉

 お月様は、まるで夜の空に大きな電灯をつけたように煌々と明るかった。買い物を済ませると、いつものように路地裏に足を踏み入れた。通りの中ほどにさしかかった時、不意に塀の近くから大きな影が揺らめいて出てきて、わたしはギクッと足を止めた。まるで、月の光の中から黒いカーテンが揺らめいて出てきたかのよう。影は最初、形を成していないかのように見えたけど、わたしの見ている目の前で、あたかも推理小説に出てくる人物のような形に形作られていった。つばの広い山高帽子にひらひらなびくマント、そう、かの怪盗ルパンのごとき紳士へと。

 ずっと後で考えた事だけど、その様子はゲームやアニメに出てくるCGによる変形に似てたと思う。現実の中の非現実のような、不思議な鬼気迫った感覚だった。

 紳士のような姿がしっかり見えるようになると、痴漢や危険人物が紳士の格好をしているわけはないという妙な先入観念の基に、わたしは警戒警報をレベル5から3ぐらいへとダウンさせた。

 その人物は、まるで、たった今そこに登場したばかりであるかのように、あたりをゆっくりと見回した。わたしの方を見た時、ほんの少し動きが止まったように思えた。わたしは緊張した。紳士との距離は約10メートル。回れ右をして駆け出せば、スーパーへ逃げ帰ることだって可能である。

  立ち止まったままのわたしに、ほんの少し目をくれただけの紳士は、もう一度辺りをゆっくりと眺め回した。そして、怪盗ルパンのように恰好良く、右手をぐるっとまわしてマントを払いのけ、左側のマントの影に包まれていたらしい大きな箱のような物を両手で取り出すと、わたしからやや右手斜めに離れた方向に歩き出した。事務所の裏口へと続く階段の下辺りにくると、おもむろにその箱を設置したようだった。2、3度置き方を試すように動かした後、満足したかのように身を離すと、そのままゆっくり公園の方向に立ち去ろうとしていた。

 紳士が去って行くと同時に、警戒心レベルが再び下がって、好奇心が波のようにわたしの中に盛り上がってきた。ゆっくり歩を進めるわたし。階段の近くまでくると、立ち止まって目を凝らした。なんだか何処かで見たことのあるような機械の箱である。建物の影でよく見えないが、爆弾ではなさそうに思えた。つっと近づいてみると、高さ1m位の縦長の長方形の箱の下に短い足が4本付いている。外面が透明の箱の中には球体とおぼしきものがひしめき、下方に出口らしき受け口とコイン投入口とレバー。あっ。これはっ。『ガチャガチャだ!』

 コインを入れてレバーを回すと球体が一個出てくる。球体は二つに分かれるカプセルのようになっていて、中から小さな玩具が出てくる。幼いころ、少女戦士のシールやアクセサリーをよく買い集めたっけ。

 懐かしくも意外なものをそこに見つけて、わたしは思わず、ふっと息を吐くように笑った。なんなのだ。あの紳士は。紳士の去っていった方角を振り向いたわたしの胸は大きくドキンと波打った。去っていったかのように思っていた紳士が、さほど離れていない所で立ち止まってこちらの方を見つめているではないかっ!

 いつの間に戻ってきたのだろう。わたしが箱を見ている様子を伺っているみたいだった。と、紳士は右手で山高帽子のつばを持ち、大きく回すようにして帽子を胸の前へと掲げ、左手を優雅に横へと挙げて、まるで女王陛下にたいする最敬礼でもするように腰を屈める仕種をすると、

 「月の幸運が貴女の元に訪れますように」

 透き通るような、よくとおる日本語でわたしに言った。

 ガァ~ンン! 帽子の影に隠れていた白く端正な顔立ちが月の光の中で微笑んでいる。上品そうな口髭とあご髭、綺麗に撫で付けた長めの髪。歳の頃なら三十代くらいの特級クラスの超美形紳士である。

 ドギマギしているわたしを尻目に、再び帽子をかぶると、今度はさっさと公園の方へ歩み去っていった。

 呆然とそれを見送っていたわたしは、ややあって、知らず知らずの内に走るように彼の後を追っていた。曲がり角で、そっと顔を出して彼の様子を伺うと、そこには何の人影も無かった。月は明るく公園を照らし、辺りは真昼のように静かで、猫の子一匹いない。そんなに長く時間がたったとは思えなかったし、道だって真っ直ぐだし、公園の中に入った形跡も無い。まるで空気の中に溶け込んでしまったように、月の光の中でいなくなってしまった。

 なんだったんだろう、さっきのは。白日夢? いや、月の光が見せた月光夢とでも言ったらよいのかな。頭の中に紳士の微笑が残っている。

 ふと思いついて、わたしは路地裏の道へと引き返した。辺りには誰もいない。わたしの足音だけが月の光の中にこだましている。鉄階段の下へ来ると・・・それはやっぱりそこにあった。

 幻でないのを確かめるように、わたしはおそるおそる手を伸ばしてその箱に触れた。硬質のプラスチックの感触。覗き込むとやっぱり『ガチャガチャ』だ。箱の外側にキャッチフレーズが読めた。

 〔貴方の望みを叶える幸運の月の石!〕 〔さあ、幸運を引き当てよう! たったの五百円で未来は貴方のものになる!〕 〔ハズレでも素敵なアクセサリーが貴方の手に!〕

 さっきの紳士の言葉が頭の中をよぎる。“月の誘惑”とでも言ったらいいのかな。なにか不思議な気持ちに引かれて、わたしは財布から五百円玉を取り出した。コインを入れてレバーを回す。ガチャリと音がしてコロンと丸いカプセルが転がり出てきた。手にとって見る。クリスタルブルーのカプセルが月の光の中で透明感を増しているように見えた。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈1.月の誘惑 その1〉

 わたし、幸坂麻也。髪と目が栗色の十七才。性別は♀。今日はちょっとはずんでる。っていうのは昨日の夜、ちょっと奇妙な体験をしたからなんだ。話せばちょっと長くなるけど・・・聞いてくれる?

 わたしの家族は全部で5人。父は某有名商社の課長で、リストラされない程度には、企業戦士として頑張ってる。でも、みんなも知っていると思うけど、この企業戦士というやつが曲者で、めったに家で夕食を食べたり出来ない職業なんだよね。『午前様』ってやつもしばしば。

 で、言っちゃなんだけど、欲求不満の母は、志が高いのかどうだか、いわゆるボランティア活動ってやつにはまり込んじゃった。地区の民生委員とか、青少年相談室のカウンセラーとか、いろいろ手を広げちゃったものだから、家事は手抜きもいいとこで、女の子なんだからと、躾の大義名分のもとに、殆ど全部わたしに任されている状況なんだ。

 もちろん、お弁当もわたしが作る。母と兄とわたしの三人分。小学生の弟もいるんだけど、彼は今、学校に行かないことのほうが多い状態。

 その夜、わたしは、明日のお弁当の卵焼き用の卵と、焼きタラコ用のタラコが無いのに気づいたの。

 知ってる人は知ってるかもしれないけど、わたしの家は、光縁寺っていう閑静で有名な高級住宅地から一駅南の南光縁寺駅から、歩いて15分くらいの所にある。

 駅の前は結構開発されちゃってて、テナントの入ったビルだとか、二流っぽいけど案外スタイリッシュで便利なのでよく利用されるブティックだとか、コンビニや零細企業の経営する商店などが並んでいたりする。

 その駅前と言うにはちょっと外れている所にあるスーパーなんだけどね。深夜まで営業時間を延ばして頑張っているけど、最近はコンビニに客を取られてちょっと寂しい感じがする。結構安くて新鮮な野菜があるのでよく行くんだけど、将来的にはどうかなって感じのお店。そのスーパーの駐車場の反対側、というか、横側の裏に、路地裏っていう表現がぴったりする通りがあるの。

 スーパーの通用口の側にゴミバケツやダンボール箱が積み上げられてあったり、修理するのをサボっているような塀の下に、壊れかけの植木鉢とか、不燃物の日に出しそびれたような代物がはばをきかせていたり。どこかの事務所の裏口らしいドアから下りる錆びかけた金属製の階段の下に、野良猫達が縄張り争いをしていたりする。

 その通りの突き当たりはT字路になっていて、そこを右に折れて行くと、突き当たりにちょっと大きな公園がある。公園の周りの左側の道をぐるっと反対側まで進んで、さらに左に曲がると、わたしの住んでいる一戸建ての並ぶ住宅地があるわけなんだけど。

 夜の9時過ぎに、うら若き乙女がひとりでスーパーに買い物に行く、というのは、いくら平和な日本でも、最近の状況では危ない、と思う人も多いかもしれない。でも、母は自治会の集まりで留守。一浪の兄は予備校にも行かずにバイクで遠乗りに行っちゃってるし、父は会社で戦っている最中。そんな状況では自分ひとりで行かざるをえないでしょ? それに、その夜は満月で、しかも雲ひとつ無い、夜のお散歩にはもってこいの夜だった。

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サミィのモノローグ(1)

サミィです。

 見終わった後で幸せな気分になれるような物語を載せたいと思います。題名は〔ハンサム・ザ・キャット ~捨て猫物語~〕です。

 〔ハンサム・ザ・キャット ~捨て猫物語~〕は、十年以上前に創った物語です。少しずつ絵を付けて、出来たら、週に一回(毎土曜)に載せていきたいと思っています。

Summy

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