ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈3.麻也の憂鬱〉
わたしは俗に言う優等生である。べつに威張っているわけでも気負っているわけでもない。ただ、たまたまそうなってしまっただけの事だと思っている。
三人兄弟の真ん中って、よくあるように、親から目を掛けられることって少ないみたい。上は初めての子供だからって手を掛け、一番下には甘くなり、真ん中は程よく手抜きって感じ。おまけにわたしの場合、女の子だからいつかは嫁に出て行くから、なんておまけまで付いている。
ほったらかしの中で、何とか親に気に入られようと、あちこち気を配ったりして努力してみたものの、特に目立った取り柄の無いわたしには成功する術もなく、勉強以外に自己主張する道がなかったとも言える。ドロップアウトする度胸もなかったしね。
優等生になるのに素質なんかいらないと思う。要るのは努力と忍耐だけ。でも、優等生でいるってハンパじゃないよ。日々の勉強だけじゃなく、周りの要求に対しての協調や妥協、気配りなどが必要だし、「優等生」という偏見の目で見られ、差別される事にも耐えなければならない。
その昔、優等生と言うことで尊敬の対象になったという時代があった、と言う伝説を聞いた事はあるけど、今の時代は、「優等生」というのは人種差別され、いじめの対象にされる危険を含んだ存在でもある。
陰でどんなに努力してやった事も、当たり前の事として評価される。そして、ろくだま努力しなかった者の理不尽な嫉妬や怒りをも、甘んじて受けなければいけない。
わたしの努力は決して正当に評価されていないと思う。でも、それが自分で選んだ道だから、その事で親に少しでも認めてもらえているから、努力し続けていられたのだと思う。
今では、「優等生」が染み付いてしまって、真面目が唯一の取り柄というか、砦になってしまっている。わたしだって、髪染めてボディコン決めて、みんなとミーハー、楽しくやってみたいという気持ちが無いわけではない。でも、自分で作り上げてしまった殻の中にいる事で、自分を守りたい気持ちのほうが大きいのだ。
「幸坂さん、これお願い」
跡宮由香はその日の生徒会の日誌を麻也に渡すと、当然のように返事も待たずに会議室を飛び出して行った。廊下で待っていた友達と笑い合う声が聞こえる。ケイタイで知った新しいブティックに立ち寄る予定のようだ。
「じゃあ、後よろしく。幸坂さん」
生徒会長の尾之多博行はじめ、生徒会のメンバーの面々がぞろぞろと会議室を出て行く。
ひとり残った副会長の幸坂麻也は、ノートの記帳を済ませ、会議室の後始末をしてから教員室に行く。担当教官に報告をしてノートを渡し、校舎を出ると、校庭のポプラの木に夕日が掛かっていた。秋を感じさせる風が、麻也の制服の裾をひらめかせて、麻也は顔の前になびいた髪の毛を、手で後ろに梳かした。
夕食の献立を考えながら駅へと向かう。そろそろ夕食の買い物時。でも、勤め帰りの人種がなだれ込んで混雑するには、少し時間がある。いつもなら真っ直ぐに駅前通に向かうのだが、今日の麻也はちょっとセンチメンタルで、遠回りする気になったようだった。
学校と駅の中頃から、市の図書館に向かう道へと逸れる。ゴミゴミした狭い通りを抜けて、公道に歩を進めると、子供達の何か騒ぐ声が耳に入ってきた。
見ると、近くの公園で、水鉄砲を構えた三人の小学生らしき男の子達が、射的ごっこを楽しんでいるようだった。
公園の側を通り過ぎながら、見るともなしに、標的になっている小動物が目に入った。公園の木の枝に追い詰められた猫は、もうかなりの間標的になっているらしく、ずぶ濡れでぺっしゃんこの体が細く痛々しい。鳴き声さえ出さずに、災難に耐えているようだ。最近の水鉄砲はかなりの水圧があるとみえて、枝にしがみついているのが精一杯の様子。
と、勢いの良い水が猫の腕を直撃。猫は足を滑らせて真っ逆さまに落ち、男の子達の歓声が上がった。幸い、猫の本能が回転を加えたため、激突にはならなかったが、木の枝の下はすでに水浸しで、泥だらけ。動物愛護精神に欠けた子供達は、容赦も無く、近くに射落とした可愛そうな標的に向けて、水鉄砲を打ち続けようとした。
「やめなさいっ!!」
我知らず大声を出して、麻也は公園の中に駆け込んでいた。




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