ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈19.麗しのフランソワ〉
幸坂家の朝の食事風景が6人と一匹になった。ハンサムがフランソワを側から離さず、細やかに面倒を見ていたからだ。
祐希は観察対象が増えて喜んでいるふうだった。
兄は麻也とハンサムが猫好き仲間だと得心したようだったが、父と母と同様、麻也よりも猫のほうにご機嫌伺いをするハンサムに不審な目を向けていた。特に文句は出なかったが。
麻也が勉強している間、ハンサムとフランソワは連れ添って外に散歩に行くようになった。それでも、帰ってくると相変わらず、ハンサムは麻也の家事を手伝ってくれた。お喋りしながらふたりで食事の準備をしたりするのを、近くに寝そべったフランソワが見ていた。
正月が近づいていたが、受験生がふたりもいるので、大掃除は適当に省いた幸坂家。正月の準備だけは、母と麻也でした。
そんなある日、ハンサムは手に引っ掻き傷を作って帰ってきた。
「どうしたの? 他の猫と喧嘩でもしたの?」
「あいつらがいけないんだ。フランソワを誘惑しようとするから」
「もてるのね、フランソワ」
「追い払ってやったけど、もう二度と近づかせないよ」
フランソワはちょっと得意げにすましていた。
と、今度はハンサムが顔に引っ掻き傷を作って帰ってきた。
「今度の相手は手強そうね」
手当てをしながら麻也が言うと、ハンサムが口ごもって、
「ううん。これはフランソワが、・・。」
「えっ? フランソワと喧嘩したの?」
見ると、フランソワが怒りを含んだ目つきで麻也の方を見ている。麻也はドキッとした。明らかに敵意を持っている雰囲気だ。もしかして、原因はわたしの事? と、聞く勇気が出ない。
夕食の時間になった。いつもはおとなしく優雅に食事をするフランソワなのに、食卓の上に乗って、あちこちの物の上に飛び乗ったり、人間の食べ物をかじったり、ハチャメチャして、ハンサムと麻也が一生懸命フォロウしたものの、みんなの怒りを買った。
「麻也! 今度から猫は別に食事にしてね」
麻也が母から怒られるのを聞いて、フランソワはちょっと満足したように食堂を飛び出した。ハンサムが後を追いかける。
「ごめんね、麻也」
「ハンサムが謝る事はないのよ。わたし、フランソワに嫌われたのかな?」
「僕が悪いんだ。月の石の事をフランソワに話したから」
麻也の心にグサッと月の石のかけらが突き刺さった。自分の恋人を人間に変身させてしまった張本人なのだ。フランソワが怒るのも無理はない。
「ごめんなさい。フランソワ」
麻也がフランソワに謝ろうとすると、いきなりフランソワが麻也に飛び掛っていった。
「だめだよ! フランソワ!」
ハンサムが麻也を庇って間に入り、フランソワの一撃を受けた。
「麻也に悪気はなかったんだから。分かってよフランソワ」
引っかかれたり、噛みつかれたりしながら、一生懸命なだめようとするハンサム。腕の中から逃げようとするフランソワをしっかりと抱きしめて愛撫するハンサムに、ようやく落ち着いて動かなくなった。麻也はフランソワの目に涙が浮かんでいるような気がした。
「まあ、ホントに素敵な猫ちゃんね。名前はなんて言うんですか?」
正月にいきなり跡宮由香が訪ねてきた。目的はもちろん噂の真偽を確認すると同時に、あわよくばハンサムにアタックするつもりだった。
「フランソワっていう名前だよ。僕の恋人なんだ」
「そうなんですか。フランソワちゃん、ホントに可愛い」
本当の恋人のように愛しそうに猫を愛撫するハンサム。ハンサムの膝の上に乗っかったまま、動こうとしないフランソワ。ハンサムからうんと離れて座る麻也。これは脈がありそうだと考えた由香が、猫を口実にハンサムの側に移動して、フランソワを撫でようとした。いきなりフランソワが歯をむき出して威嚇する。
「きゃっ」
「あ、フランソワは女性が嫌いなのよ。近づかない方がいいわ」 と、麻也。
「あら、恋敵にでも見えるのかしら」
冗談のつもりで言ったのに、誰も笑わない。フランソワに水をさされて、由香は早々に帰っていった。
「おい、ハンサム、ちょっと」 孝之が呼び止めた。
「最近、麻也とうまくいっているのか?」 廊下の隅でひそひそと聞く。
「うん。どうして?」
「いや、それならいいけど。麻也が勉強に忙しいからと言って、猫にうつつを抜かして麻也をほったらかしにしたりするなよ」
「フランソワと一緒にいるけど、麻也の事は今でも大好きだよ。変わっていないよ」
「それならいいけど・・・」
その時、ハンサムを探していたフランソワが見つけて飛んできた。ハンサムが孝之に苛められていると感じたのか、フゥ~ッと威嚇する。フランソワの勢いにおされて孝之は早々に退散した。
「ねぇ、月影さんの事なんだけど、そろそろ、社会復帰を考えたほうがいいと思うの」
母が相談をもちかけてきた。
「始めはね、アルバイトとか、時々でいいから、簡単な仕事をして、様子を見たほうが良いと思って。いつまでも、猫と遊んでばかりいるわけにもいかないでしょ?」
ハンサムが人間生活に慣れてきた事で大丈夫と判断したのかもしれない。
「うん。分かった。僕、仕事するよ。でも、僕に出来るかな?」
ハンサムの言葉を聞いて俄然勢いの出てきた母。
「大丈夫よ。早速、手配するわ」
側で、麻也とフランソワが不安げに見ていた。
『働くなんて、気が知れないわ』
「しかたないよ。僕、今は人間だもの。これからずっと人間として生きていかなくちゃならないから」
『それも、これも、みんなあの娘のせいだわ。自分勝手に他猫の猫生を変えちゃうなんてワガママもいいとこよ。どっかに行っちゃえばいいんだわ』
「そんなふうに麻也を言わないでよ。僕はフランソワが大好きだけど、麻也も大好きなんだから。それに、麻也に出会ったから、僕は助かってここにいるんだし、フランソワに会えたのも麻也のお陰だよ」
フランソワは黙ってそっぽを向いた。
次の日、行ってきます、と言って麻也の母と一緒に仕事に出掛けるハンサムを見送ると、窓辺に座り込んでどこにも行かず、フランソワは終日外を見つめてハンサムの帰りを待っていた。麻夜はその不安そうな後姿を自分に重ねていた。









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