ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈34.それぞれの心配〉
杏崎茜は家に帰ってくるとすぐに異変に気がついた。家の中の物の置き場所が微妙に違っている。ベランダの窓ガラスには穴が空いている。誰かが家捜ししたような雰囲気があった。
しかも、昨夜拾った青年はどうやって出て行ったものか、見当たらない。まさか、彼が誰かの差し金とも思えないが。
真っ直ぐに寝室の棚の上の白い子猫の小物入れの所に行く。シャム猫のペンダントトップが残っているのを見てホッとし、中にカプセルが入っているのを確認する。
家の外に出てから携帯電話で電話をかける。
「何も取られたものはないんだな。警察はダメだ。そのままほっとけ」
「でも、あたしの事を知っているやつがいるって事でしょ。どっかに隠れたほうが・・」
「落ち着け、見つからなかったんだから大丈夫だ」
「でも、」
「泥棒に入られたが盗まれたものはないんだ。いいか、そのまま知らん振りして店の方にも出ていた方がいい」
「そうかしら?」
「ただ、盗聴器か何か仕掛けられているかもしれん。その辺は注意しろ」
「分かったわ」
幸坂護は部下から誘われた飲み屋行きを断ると、早々に家路についた。
「部長参ってますね」
「なんでも、娘さんの男性関係が悩みの種らしい」
「へぇっ? 娘さんて、あの自慢の優等生の?」
「その娘さんをふった男がいるらしい。で、失恋でガックリ来て、入試も間近だというのに何も手につかない状態だとか」
「どうせ、部長が追い払うか何かしたんでしょう」
「し~っ、言うなよ。図星指されると余計に落ち込むからな。それでなくとも今度のプロジェクトは難局に差し掛かっているんだから」
護が家に帰ってくると、妻の江莉果が麻也かと思って玄関に迎えに出た。
「麻也はまだなのか?」
「まだどこかを探しているようですわ。学校も休んで。もう、4日目になるというのに」
麻也が夜遅く帰ってくると、
「麻也。今、何時だと思っているんだ。もういい加減に諦めたらどうなんだ? 男なんか掃いて捨てるほどいるんだ。あんな頼りないやつよりもっとましな・・」
麻也が無視して通りすぎると、母に向かって、
「おい、おまえも止めんか!」
「何を言っても無駄よ。わたしも疲れているのよ。怒鳴らないでちょうだい」
麻也が家を空けて家事を省くようになったため、江莉果の仕事が大幅に増えたのだ。今更のように娘に頼りすぎていた事を思い知る江莉果だった。
自分の子供の中で麻也が一番まともだと考えていた護には、今の状態は、折角築き上げたものが壊れるようなショックだった。それでも、自分の抱いていた幸せな家族像というものが、麻也を中心に支えられていた事に、まだ気づいていない護だった。
バー『茜』を訪ねた矢城刑事は水割りを一杯頼むと、茜ママを観察した。表向き、暴力団との関係はないようだが、さりげなく神経を張っているような、用心深い眼つきが気になる。それとなく、空き巣狙いの話に持っていくと、さらに警戒したような雰囲気になる。
長年の勘というやつが矢城をつついていた。確かに何かある。勘がそう言っている。それが何か分らない。ハンサムの話が本当ならば、空き巣狙いに入られたり、警察ではない銃を持った集団が留守の間に入っているのに、警察には一切届けが出ていない事になる。何か後ろめたいことがあるのかもしれない。
不用意にハンサムの名前を出すような事は出来ない。洋服ダンスに隠れていたという間男の話をしてみたが、一般的な事だけで、反応はノーマルとしか言えない。仕方なく、引き上げることにした。
猫の兄ちゃん、家に帰しても大丈夫かな。心配はあるが、兄ちゃんの行方不明の届け出も出ているようだし、住所が遠ければ問題はないかもしれない。茜の方から事件として届けられていない以上、これ以上の介入は難しい。バーを出ると、武藤健の家に向かった。
「今晩は。猫の兄ちゃんいるかい?」
「あ、刑事さん。こんばんは。調べはどうだった?」
「それなんだが、兄ちゃん、茜さん家で他に気がついた事はなかったかい?」
「う~ん。わからない」
「そうか。兄ちゃん、麻也ちゃんの所に帰りたいんだったな?」
「うん」
「じゃあ、麻也ちゃんにはようく謝ってな。もし、また追いかけられたり、何かあったら連絡しなさい」
そう言って、名刺を手渡した。すると、武藤の妻の有美がハンサムに言った。
「今晩は遅いから明日帰る事にされたら? これ、お返ししておきますね。洋服を洗濯する時にポケットに入っていたから取っておいたの」
と、お札を何枚かと小さなカプセルを一個ハンサムに渡した。
「あっ、これ、茜さん家のだ。どうして僕のポケットに? あ、そうか。こぼした時に入っちゃったのかな。返さなきゃ」
それを聞いた矢城刑事の目が光った。
「兄ちゃん、そのカプセル、茜さん家のものなのかい?」
ハンサムが、白い猫の取ってのついた入れ物の中にあった、シャム猫のペンダントトップの話をすると、矢城刑事はちょっと考えて、
「借りていってもいいかな?」
「でも、僕のじゃないから。茜さんに返さないと」
「今返しに行くのはどうかな。よし、俺が代わりに返しに行ってやるよ。その方が安全だろう。じゃあ、帰り道、迷わんように気をつけてな。フランソワちゃんに出会っても、フラフラせんようにな」
「はい」
翌日、ハンサムは朝早く起きて、里香ちゃんが幼稚園に行くのを有美の車で一緒に送っていった。
「お兄ちゃん、また遊びに来てね。きっとだよ」
それから有美に駅まで送っていってもらう事になった。有美の車が駅に近づいて、降りる所を探している時だ。駅前に、黒いスーツを着ている鋭い眼つきの男がいるのに気がついた。誰かを待っているのか、それとも探しているのか、辺りに気を配っている様子だ。
「あっ、あれは、銃で僕を撃とうとした男だ。どうしよう?」
「そうなの? それは大変だわ。刑事さんに連絡しなければ」
有美が携帯電話で矢城刑事に連絡する。
「今すぐに来てくれるそうよ。あなたは隠れていて。わたしが、刑事さんが来るまで様子を見ていましょう」
しかし、矢城刑事が到着する前に、男は駅の中に入っていった。矢城刑事は二人から男の様子を聞くと、二人をその場で待たせたまま駅に入っていったが、しばらくすると、一人で戻ってきた。
「残念だが間に合わなかったようだ。武藤さん。悪いが、もうしばらく兄ちゃんを預かってもらえないかな?」
「構いませんが、どういう事なんですか?」
「あのカプセルだけどな、薬じゃなかったとだけ言っておこう。とんでもない事件に巻き込まれちまったかもしれんぞ。奴等は兄ちゃんが取っていったと考えるかもしれん。武藤さんの家にいる事は誰にも知られていないはずだから、安全のためにもうしばらく身を隠していたほうがいいだろう」
「麻也は大丈夫なの?」
「何も知らなければ問題はないだろう。お前さんは行方不明という事になっているからな。心配かけるかもしれんが、連絡は今しばらくしない方がいいだろう」
麻也の事が心配になったが、仕方がないので、ハンサムは再び里香ちゃん家に戻った。
茜はカプセルの数が一個足りない事に気がついていなかった。取引の受け渡しが三日後に迫っていた。







最近のコメント