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2007年12月

ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈34.それぞれの心配〉

 杏崎茜は家に帰ってくるとすぐに異変に気がついた。家の中の物の置き場所が微妙に違っている。ベランダの窓ガラスには穴が空いている。誰かが家捜ししたような雰囲気があった。

 しかも、昨夜拾った青年はどうやって出て行ったものか、見当たらない。まさか、彼が誰かの差し金とも思えないが。

 真っ直ぐに寝室の棚の上の白い子猫の小物入れの所に行く。シャム猫のペンダントトップが残っているのを見てホッとし、中にカプセルが入っているのを確認する。

 家の外に出てから携帯電話で電話をかける。

「何も取られたものはないんだな。警察はダメだ。そのままほっとけ」

「でも、あたしの事を知っているやつがいるって事でしょ。どっかに隠れたほうが・・」

「落ち着け、見つからなかったんだから大丈夫だ」

「でも、」

「泥棒に入られたが盗まれたものはないんだ。いいか、そのまま知らん振りして店の方にも出ていた方がいい」

「そうかしら?」

「ただ、盗聴器か何か仕掛けられているかもしれん。その辺は注意しろ」

「分かったわ」

 幸坂護は部下から誘われた飲み屋行きを断ると、早々に家路についた。

「部長参ってますね」

「なんでも、娘さんの男性関係が悩みの種らしい」

「へぇっ? 娘さんて、あの自慢の優等生の?」

「その娘さんをふった男がいるらしい。で、失恋でガックリ来て、入試も間近だというのに何も手につかない状態だとか」

「どうせ、部長が追い払うか何かしたんでしょう」

「し~っ、言うなよ。図星指されると余計に落ち込むからな。それでなくとも今度のプロジェクトは難局に差し掛かっているんだから」

 護が家に帰ってくると、妻の江莉果が麻也かと思って玄関に迎えに出た。

「麻也はまだなのか?」

「まだどこかを探しているようですわ。学校も休んで。もう、4日目になるというのに」

 麻也が夜遅く帰ってくると、

「麻也。今、何時だと思っているんだ。もういい加減に諦めたらどうなんだ? 男なんか掃いて捨てるほどいるんだ。あんな頼りないやつよりもっとましな・・」

 麻也が無視して通りすぎると、母に向かって、

「おい、おまえも止めんか!」

「何を言っても無駄よ。わたしも疲れているのよ。怒鳴らないでちょうだい」

 麻也が家を空けて家事を省くようになったため、江莉果の仕事が大幅に増えたのだ。今更のように娘に頼りすぎていた事を思い知る江莉果だった。

 自分の子供の中で麻也が一番まともだと考えていた護には、今の状態は、折角築き上げたものが壊れるようなショックだった。それでも、自分の抱いていた幸せな家族像というものが、麻也を中心に支えられていた事に、まだ気づいていない護だった。

 バー『茜』を訪ねた矢城刑事は水割りを一杯頼むと、茜ママを観察した。表向き、暴力団との関係はないようだが、さりげなく神経を張っているような、用心深い眼つきが気になる。それとなく、空き巣狙いの話に持っていくと、さらに警戒したような雰囲気になる。

 長年の勘というやつが矢城をつついていた。確かに何かある。勘がそう言っている。それが何か分らない。ハンサムの話が本当ならば、空き巣狙いに入られたり、警察ではない銃を持った集団が留守の間に入っているのに、警察には一切届けが出ていない事になる。何か後ろめたいことがあるのかもしれない。

 不用意にハンサムの名前を出すような事は出来ない。洋服ダンスに隠れていたという間男の話をしてみたが、一般的な事だけで、反応はノーマルとしか言えない。仕方なく、引き上げることにした。

 猫の兄ちゃん、家に帰しても大丈夫かな。心配はあるが、兄ちゃんの行方不明の届け出も出ているようだし、住所が遠ければ問題はないかもしれない。茜の方から事件として届けられていない以上、これ以上の介入は難しい。バーを出ると、武藤健の家に向かった。

「今晩は。猫の兄ちゃんいるかい?」

「あ、刑事さん。こんばんは。調べはどうだった?」

「それなんだが、兄ちゃん、茜さん家で他に気がついた事はなかったかい?」

「う~ん。わからない」

「そうか。兄ちゃん、麻也ちゃんの所に帰りたいんだったな?」

「うん」

「じゃあ、麻也ちゃんにはようく謝ってな。もし、また追いかけられたり、何かあったら連絡しなさい」

 そう言って、名刺を手渡した。すると、武藤の妻の有美がハンサムに言った。

「今晩は遅いから明日帰る事にされたら? これ、お返ししておきますね。洋服を洗濯する時にポケットに入っていたから取っておいたの」

 と、お札を何枚かと小さなカプセルを一個ハンサムに渡した。

「あっ、これ、茜さん家のだ。どうして僕のポケットに? あ、そうか。こぼした時に入っちゃったのかな。返さなきゃ」

 それを聞いた矢城刑事の目が光った。

「兄ちゃん、そのカプセル、茜さん家のものなのかい?」

 ハンサムが、白い猫の取ってのついた入れ物の中にあった、シャム猫のペンダントトップの話をすると、矢城刑事はちょっと考えて、

「借りていってもいいかな?」

「でも、僕のじゃないから。茜さんに返さないと」

「今返しに行くのはどうかな。よし、俺が代わりに返しに行ってやるよ。その方が安全だろう。じゃあ、帰り道、迷わんように気をつけてな。フランソワちゃんに出会っても、フラフラせんようにな」

「はい」

 翌日、ハンサムは朝早く起きて、里香ちゃんが幼稚園に行くのを有美の車で一緒に送っていった。

「お兄ちゃん、また遊びに来てね。きっとだよ」

 それから有美に駅まで送っていってもらう事になった。有美の車が駅に近づいて、降りる所を探している時だ。駅前に、黒いスーツを着ている鋭い眼つきの男がいるのに気がついた。誰かを待っているのか、それとも探しているのか、辺りに気を配っている様子だ。

「あっ、あれは、銃で僕を撃とうとした男だ。どうしよう?」

「そうなの? それは大変だわ。刑事さんに連絡しなければ」

 有美が携帯電話で矢城刑事に連絡する。

「今すぐに来てくれるそうよ。あなたは隠れていて。わたしが、刑事さんが来るまで様子を見ていましょう」

 しかし、矢城刑事が到着する前に、男は駅の中に入っていった。矢城刑事は二人から男の様子を聞くと、二人をその場で待たせたまま駅に入っていったが、しばらくすると、一人で戻ってきた。

「残念だが間に合わなかったようだ。武藤さん。悪いが、もうしばらく兄ちゃんを預かってもらえないかな?」

「構いませんが、どういう事なんですか?」

「あのカプセルだけどな、薬じゃなかったとだけ言っておこう。とんでもない事件に巻き込まれちまったかもしれんぞ。奴等は兄ちゃんが取っていったと考えるかもしれん。武藤さんの家にいる事は誰にも知られていないはずだから、安全のためにもうしばらく身を隠していたほうがいいだろう」

「麻也は大丈夫なの?」

「何も知らなければ問題はないだろう。お前さんは行方不明という事になっているからな。心配かけるかもしれんが、連絡は今しばらくしない方がいいだろう」

 麻也の事が心配になったが、仕方がないので、ハンサムは再び里香ちゃん家に戻った。

 茜はカプセルの数が一個足りない事に気がついていなかった。取引の受け渡しが三日後に迫っていた。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈33.里香ちゃん家〉

「あっ、お兄ちゃんが目を覚ましたよ」

 ハンサムが目を覚ましたのはその次の日のお昼過ぎだった。目覚めると、小さな女の子が覗き込んでいた。

「ここ、どこ?」

「あたしん家だよ」

「誰?」

「あたし、里香。お兄ちゃんは?」

「里香ちゃん、月影さん起きたの?」

 里香ちゃんのお母さんと思われる女性がハンサムの寝ている部屋に入ってきた。

「ご気分は如何ですか? 昨日は主人がお世話になりまして、有難うございました」

「??」

「あ、わたし、武藤健の妻の有美といいます。昨日、主人が引ったくりに会ったとき助けていただいて、本当に有難うございました」

「あ、あの、焼き鳥屋さんに連れて行ってくれた人の。こちらこそ、ごちそうさまでした」

「月影さんの事情は聞いております。狭い所ですけど、ゆっくりしていって下さいね。主人は今は仕事ですが、晩には戻りますし」

「事情って? どういう事?」

「なにか複雑な女性関係でお家に帰れないんでしょう? 何もお構いできませんけど、好きなだけここにいて下さっていいんですよ」

「複雑な女性関係って? 僕は麻也の家に帰りたいんだけど」

「刑事さんが事情を調べるまでここにいてほしいというお話でした。とにかく、刑事さんがいらっしゃるまではここにいた方がいいのではありませんか?」

 ちょっと考え込むハンサム。あの銃を持った人達と何か関係あるのかな? やっぱりここにしばらくいた方がいいのかな。

「わたしはこれから仕事に出かけますが、食事の支度もしてありますから、どうぞ、ゆっくりなさってくださいね」

「ありがとう。お世話になります」

「お兄ちゃん、ずっとここにいるの?」 里香が嬉しそうに聞く。

「月影さんに迷惑掛けちゃダメよ里香。それじゃ」

 そう言って会釈をすると、玄関に鍵を掛けて出かけて行った。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。ずっとここにいるの?」

「う~ん。わからない」

「里香、ひとりでお留守番が多いの。お兄ちゃんがいてくれると嬉しいな」

「僕、月影ハンサム。ハンサムって呼んでいいよ」

「じゃあ、あたしは、里香って呼んでね。ねぇ、ハンサム、ご本読める?」

「う~ん。ひらがなは読めるけど、漢字はあんまり読めないよ」

「あ、あたしと同じ! あたし、自分の名前だけ漢字で書けるんだよ。もうすぐ一年生だから練習したの」

「ふ~ん。すごいね。一緒にご本読もうか?」

「うん!」

 夕刻、武藤健が帰ってきた。

「おかえりなさい、お父さん。ねぇねぇ、ハンサムすごいんだよ。ホットケーキ作れるの。里香も教えてもらって一緒に作ったんだよ」

「ほぉ! それは良かったな。里香がお世話になってすまないね」

「いいえ。僕の方こそ、お世話になっています」

「いやいや、わたしの方こそ、本当にお世話になりました。うちの事務所のみんなも、お陰で給料をもらえて良かったと喜んでいたよ。家に泊まってもらう事ぐらいしか出来ないけど、今晩、刑事さんも来てくれる事になっているから、気楽にね」

 そうこうしているうちに、矢城刑事がやってきた。

「今晩は。猫の兄ちゃんいるかい?」

「えっ? 刑事さん、僕が猫だったって事、知っているの?」

「なぁに言ってるんだ。自分でそう言ったじゃないか。酔っ払っていたから忘れちまったか。ま、いいさ、その事は。それより、昨日物騒な話をしていたろ。銃を持った男がどうのと。その辺の所をちょっと、しらふの時に聞いておこうかと思ってな」

 ハンサムは、仕事中フランソワを見つけて追いかけたため迷子になった事、その後、杏崎茜に出会ってから、追われて逃げるまでを話した。

「ふぅん。黒覆面に、銃を持った集団か。泥棒に、警察か、もしくは・・。よし分った。調べておくよ」

「僕、麻也の所に帰りたいけど、ここにいた方がいいの?」

「麻也ちゃんが飼い主で、フランソワちゃんは恋人か。やっぱり、麻也ちゃん、怒っているかもしれないなぁ。仕事先にも電話しておいた方がいいだろうが。えっ? 電話番号が分らない?」

「預かっていたケイタイを落としちゃったんだ」

「そりゃあ難儀だね。まぁ君がフランソワちゃんを追ってどこかへ行ったのは知っているんだろうが。どの道だから、もうしばらくここにいたらどうかな? 万が一麻也ちゃんの方に影響があってもいけないしな」

「麻也に影響って、どんな?」

「大丈夫だとは思うけどね。万が一暴力団関係だとすると、まだ君を探している可能性もあるからな」

「どうして?」

「だから、大丈夫とは思うが、念のために調べてからでも遅くはないさ。もう一日待ちなさい」

 里香ちゃんが喜んだのは言うまでもない。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈32.酔っぱらい猫〉

 屋根伝いに、とある広い庭のある家に逃げ込んだハンサム。大きな木の陰にひそむ事にした。夕方になって家の人間が帰ってきた気配がすると、そうっと庭から抜け出して通りを歩いた。またもやここがどこだか分からないが、追手もあきらめた頃だし、とにかく歩いて駅を探さなくては。

 トボトボと住宅街から続く道を歩いていると、灯のともった道の向こうから人間の男性が歩いてくるのが見えた。ちょっと用心して物陰に隠れるハンサム。

 と、その後ろから、ひそやかにその男性の後をつけてくる人影が。その人影はハンサムの隠れている辺りまで来ると、いきなり男性に跳びついて、男性の抱えている鞄を引ったくり、男性を突き飛ばして転ばせ、走り去っていこうとした。

「泥棒! 泥棒! 誰か助けてくれ! あいつを捕まえてくれ!」

 男性は叫びながら、起き上がってひったくりの後を追いかけた。ひったくりは公園の中の暗がりの中に入り込み、闇にまぎれて逃げようとしていた。

 様子を見ていたハンサムは、ひったくりの後を追うと、暗闇でも良く見える目でひったくりの前に回りこみ、両手を広げてとおせんぼをした。ひったくりは暗がりの中からいきなり現れたハンサムにぶつかって、転んでしまった。後から追いついた男性が転がった鞄を拾い上げる。ひったくりは相手がふたりに増えたのであきらめて、そのまま逃げていった。

「有難う! 君のお陰で助かったよ」

 ちょっと頭の髪の毛の薄くなっている中年の男性がハンサムの手を握って感謝の気持ちを表した。

「君、名前は?」

「月影ハンサムです」

「月影君、本当に有難う。これがないと従業員に今月の給料を払えなくなるところだったんだ。本当に助かったよ」

 そのまま去ろうとするハンサムをその男性が呼び止めた。

「ねぇ君、ちょっと付き合ってくれないか? お礼にご飯でもおごるよ」

 途端にハンサムのお腹がぐぅっと鳴った。そういえばお昼ご飯もまだ食べていなかったんだ。

「あそこだよ。あそこの焼き鳥はここらで一番美味いんだ」

 大きな道路に面した歩道にビニールで覆われた屋台が幾つか出ていた。そのうちの一つにハンサムは連れられて入った。

「いつもの酒だね」

 屋台の親父と顔見知りとみえて、注文する前から前にコップが置かれる。と、手で制して、

「いや、今日はまだ大事な用事が残っているんだ。後にするよ」

「知り合い?」

 と、屋台の親父がハンサムの方を目で指して聞く。

「ああ。ついさっき、引ったくりに出会ってね。この月影君が助けてくれたんだ」

「そりゃあ良かった。有難う。わしからも礼を言うよ。なにしろ零細企業同志の仲間のようなものだからね」

「この人に美味しいものを食べさせてやってくれないか」

「分ったよ。まかせておきなって」

 じゃあ後で、と、言って、ハンサムを残して中年の男性は出て行った。

「引ったくりから助けたんだって?」

 熱い焼き鳥を猫舌でふぅふぅいって食べているハンサムに、ちょっと離れて酒を飲んでいた中年の男性が話しかけてきた。ハンサムがちょっとびっくりしてその方を見ると、

「この人は矢城さんといってね、刑事さんだよ。犯罪は専門だ」

 と、親父が説明する。

「今は非番だけどな」 と、矢城。

「なかなか感心な青年ですな。今時、側で襲われていても知らんふりする輩が多いご時世ですからね」

「おい、青年、いや、月影とか言ったな。月影君、歳はいくつだ?」

「20才です」

「そうか、じゃ酒は飲めるな。親父、一杯ついでやってくれ」

「あいよっ。さ、矢城のだんなのおごりだよ。遠慮なく飲んでおくんな」

「あ、ありがとう」

 ハンサムは目の前に置かれたコップの中の透明な液体を一口ゴクっと飲んだ。途端に喉に火がついたようになって咳き込んだ。

「なんだ、酒は初めてかい? ま、経験だ。慣れれば旨くなるってもんだ」

「これが慣れると旨くなるの?」

「そうそう、度をこさなきゃ、これが人生の喜びってやつさ」

「ふぅん」

 そんなものなのかな、と、もう一口飲んでみたが、やっぱり辛い。水をガブガブと飲む。

「ははははは。無理せんでいい。そのうち旨くなるさ」

 と言って自分のコップを傾ける。頬の赤らみからいって、だいぶ飲んでいる様子だ。ハンサムは二口飲んだだけだが、それでも頬がうっすら赤くなってくる。

「なんだか、不思議な気分になってきた」

「それが酒の効能ってやつよ。もう一口飲んでみな。天国に行ったように気分が良くなるぞ」

 天国に行った気分てどんなものかと、もう一口飲んでみるハンサム。すると、今度は辛く感じない。ほんわかしたイイ気分になってきた。で、もう一口。

「ほぉ。やけに色っぽくなってきたね。青年」

「ちょっと、だんな。あんましからかっちゃいけませんよ。この人酒に弱そうだ。酔っ払っちまうと帰れなくなりますよ」

「そうか。おい、青年。君はどっから来たんだ?」

「どっから来たか分んない」

「えっ?」

「家に帰る道が分んない」

「おい、おい。まだ、そんなに酔っ払っていないだろ」

「フランソワをみっけて、追いかけてたら、ヒクッ、迷子になっちゃった」

「フランソワ?」

「僕の恋人」

 ハンサムはまた思い出して、涙が出てきた。

「おいおい、泣き上戸だね。恋人に振られでもしたのかい?」

「僕と一緒に生きていくの嫌だって」

「よしよし、もう一口飲みな。失恋なんぞ忘れろ」

「ちょいと、だんな」

「分ってるって。住んでる所は分ってるんだろ?」

「うん。麻也の所」

「麻也?」

「麻也は僕の飼い主だよ」

「飼い主って、犬や猫じゃあるまいし」

「だって僕、猫なんだもん。麻也が助けてくれて、拾ってくれて一緒に住んでるんだ」

「そうかい、そうかい。麻也ってのは女の子なんだな」

「そう、と~っても優しい人間」

「ほぅ、それなのにフランソワちゃんを追いかけてきちゃったんだな。そりゃあ帰りづらいわな。ま、今夜は麻也ちゃんの所へは帰らんほうが身のためだな」

「どして?」

「そりゃあ、なんだ、浮気はまずいよ」

「うわきってどういう意味なんだろ? うわぎなら知ってるけど」

「あらら、ほんのちょっと飲んだだけなのにすっかり出来上がってしまいましたね」

「僕、フランソワと結婚するつもりだったんだ」

「麻也ちゃんはどうするつもりなんだい?」

「麻也は飼い主だもん。麻也が僕を人間にしたの」

「ほぉ、出来た娘なんだね。捨てたりしちゃいけないな」

「僕を捨てたのは高原さん。麻也は拾ってくれたんだよ」

「ふん、ふん、そうかい。兄ちゃんモテモテなんだね。あれっ? 兄ちゃん、履物はどうしたんだい? 裸足じゃないか」

「茜さん家に置いてきちゃった」

「そりゃ、どういうこったい? 今度は茜さん家かい?」

「男の人たちがやってきて、銃で僕を撃とうとしたから飛び降りて逃げてきたんだ」

「銃? そいつは穏やかじゃないねぇ。兄ちゃんの女関係はどうなってんだい?」

「フランソワ・・・、ムニュ・・・まぁや・・・ムニュゥ」

「おいおい、寝ちまったよ。どうするね?」

 そこへ、先程の引ったくりから助けられた男性が入ってきた。

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サミィのモノローグ(7)

 I'm dreaming a white christmas です。

 今日はスマップの『クリスマスナイト』を聞きました。

 今夜、すべての人にクリスマスプレゼントがありますように。

 メリー・クリスマス!

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~  〈31.襲撃者達〉

「例の物はどうなっている?」

「大丈夫よ。誰にも気づかれないような形にして隠してあるわ」

「そうか。これからちょっと話し合いに行く所なんでな。確認したかっただけだ」

「えっ、今これから出掛けるの?」

「ああ、丁度時間に間に合うはずだ。お前も一緒に来て、陰から相手の顔を見ておけ。運んでもらう事になるからな」

「分かったわ。支度するから待っていて。あ、車の中で待っていてくれてもいいわよ」

 パトロンが出て行くと、茜は洋服ダンスを開けてハンサムを外に出した。

「今すぐに出掛けなくちゃならないの。あたしが帰ってくるまで外に出ないで待っててね。いい? 勝手に出て行ったりしないでよ。夜までには戻ってくるから」

「でも、僕、家に帰らなくちゃ、」

「今はダメよ。心配しないで、そんなに時間はかからないと思うわ。誰にも見つからないように静かにしているのよ。冷蔵庫にある食べ物は何でも食べて構わないから。それじゃね」

 そそくさと出掛ける茜。残されたハンサムは緊張で固まったあちこちの筋肉を動かしてほぐした後、冷蔵庫を覗いた。

 ハムと卵を取り出し、麻也の手伝いの時に覚えたハムエッグを作ると、食パンに挟んで朝御飯にする。牛乳を飲んで、後片付けをすると、何もする事がなくなってしまった。

 部屋の中を見回す。麻也の部屋には無い物が一杯あった。鏡台の上に並べられているビンの匂いを嗅ぐと、ぅえっと鼻を塞ぐ。高級な香水もハンサムにとってはただの臭い水でしかない。

 ふと、棚の上を見ると、陶で出来た小物入れが目についた。蓋の上に可愛い小さな白い猫がついている。猫の部分が蓋の取っ手になっていた。開けると、中は赤い内張りがされていて、指輪やらイアリングが無造作に入れてあった。

 その中にシャム猫のペンダントトップがあった。フランソワを思い出して、優しくペンダントを撫でるハンサム。尻尾の裏の部分に小さな引金が付いているのに気がついた。引くと、中にカプセルがいくつか入っていた。薬を持ち歩くためのペンダントトップなのだが、初めて見たハンサムは、なんだろう? と、カプセルをつまんで見る。

 と、その時、バルコニーのガラス窓がキシキシと何かで擦られる音が聞こえてきた。慌ててペンダントを元に戻そうとしてカプセルをばら撒いてしまったハンサム。拾い集めて入れ戻すと、そうっとドアの隙間から居間の様子をうかがう。黒い覆面をした何者かが、ガラスを丸く切り抜いた所から手を入れ、窓の鍵を開ける所だった。

 危険を感じてハンサムは再び洋服ダンスの中に入った。何者かが寝室に入ってきて、何かを物色しているような物音がゴソゴソとした。引き出しを開ける音、サイドボードの中をかき回す音などがしばらく続いたと思ったら、何者かがいきなり洋服ダンスを開けた。

「!!」

 ハンサムと何者かは同時にのけぞってびっくりした。麻也の洋服ダンスと違って、扉の内側に引っ張る所がなかったため、顔を鉢合わせしたのだ。何者かはうろたえて、後ろに2,3歩後戻りしたが、相手が強面ではないのが分って態勢を整えると、

「何者だ?」 と、言った。

「僕はハンサムだけど、あなたは?」

「お前がハンサムなら俺は黒覆面だ。そこで何をしている?」

「隠れているんだけど、あなたは?」

「俺は・・いや、ふざけんじゃねぇ!」

 黒覆面は懐からナイフを取り出して、ハンサムに襲い掛かろうとした。キラリと光るナイフを見たハンサムは、とっさに洋服ダンスから飛び出し、横様に飛びのいた。さらにナイフを振りかぶってくる黒覆面。ひらりひらりと避けながら、ハンサムは台所に逃げ込むと、フライパンを盾の代わりにして防戦した。いくら襲っても埒があきそうにないと悟った黒覆面はあきらめて、

「覚えていろよ」

 捨て台詞を吐いて、入ってきた窓から出て行った。ベランダに出て見ると、縄梯子を下の階に降りて行く黒覆面の姿が見えた。ホッとしてソファに座るハンサム。

 しばらくすると、ドアのチャイムの音がした。もう茜が帰ってきたのかと思い、玄関に行こうとして、茜ならチャイムを鳴らすはずがないと思いついた。玄関は茜が鍵を掛けていったはずだ。茜の他には誰も入ってこれないと思っていると、玄関の錠がガチャリと開く音がした。

 びっくりしたハンサムはとっさに再び洋服ダンスの中に入ろうかと考えたが、開けられてしまった事を思い出し、他に隠れる所を探したが見つからず、ベランダに出て隠れる事にした。

 ベランダの隅の方から部屋の中をうかがうと、数人の男が入ってきている様子だ。先程の黒覆面と同じように物色しようとして、すでに物色された後だという事に気がついたようだ。

 そのうちの一人が窓ガラスに空けられた穴を見つけた。ベランダに出て、ベランダの端っこの手すりの上に猫すわりしているハンサムを見つける。見つけると、上着の胸の中に手を入れて拳銃を取り出した。

 ハンサムは祐希と一緒に見たテレビの映画の中でそういう物を見た事があった。あれから弾が出てきて、当たると死んでしまう武器だ。相手が安全装置を外す隙に、ハンサムは迷わずマンションの下に飛び降りた。

「なにっ?」

「どうしたんだ?」

「あそこに隠れていた奴がいたんだが、下に飛び降りた」

「ここは七階だぞ。おい、下に行って見てこい」

 ハンサムはくるくると回転しながらバランスを取って、上手に着地すると、その場から逃げ出した。

「おい、いたか?」

「いや、死体もない」

「取られたか?」

「わからん。どんな奴だか覚えているか?」

「髪の長い若い奴だ」

「お前はもう一度良く探せ。お前らは俺について来い。あいつを追う」

 マンションから逃げ出したハンサムは、裸足のまま近くの公園の常緑樹の木の上に身を潜めた。しばらくすると、三人の男達が探しにやってきた。が、木の上までは見ずに通りすぎていった。

 ところが、ビーグル犬を連れて散歩にきている近所の婦人がやってきた。犬は木の上のハンサムに気がついて吠えはじめた。犬が木の所にやってくる前に、ハンサムは木から飛び降り、一目散に逃げ出した。

 犬に引きずられながら、婦人がやってきたのは、とある建物の軒下。そこから屋根へと逃げたハンサムに向かって、犬はしばらくの間吠え続けていた。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈30.洋服ダンス再び〉

 杏崎茜がコンビニで買った鶏のから揚げ弁当を、茜のマンションでハンサムは食べていた。

「どうして仕事中なのによそ道になんか行っちゃったの?」

「むぐ、フランソワを見つけたから、追いかけて行ったんだ。そしたら、帰る道がわからなくなって、んぐ、んぐ」

「フランソワ?」

「僕の・・、恋人・・」

 ハンサムは食べる手を止めた。思い出して、涙が出てくる。

「あんた、泣いてるの? もしかして、そのフランソワとかいう娘にふられちゃったの?」

「もう、僕と一緒に生きていけないって・・」

「まぁまぁ、そんなに泣かないの」

 ハンサムの涙をハンカチで拭う茜。

「あんた、今夜帰る所はあるの?」

「麻也の家に帰りたいけど、お金がないから電車に乗れないし、」

「麻也って誰?」

「僕の飼い主」

「飼い主・・って、もしかしてあんた、その麻也の所に住んでるの?」

「うん」

 なるほどね、パトロンがいるのに他の娘に手を出してふられちゃったってとこかしら、と、勝手に納得する茜。

「今日はもう遅いから家に泊まっていきなさいよ。野宿するには寒すぎるわ」

「いいの?」

「いいわよ。それより、シャワー浴びなきゃ。あんた、ゴミ臭いわ」

 ハンサムがシャワーを浴びて出てくると、服がない。

「ゴミ臭いから洗っておいてあげる。これ着なさいよ」

 と、バスローブを手渡しながら、無防備なハンサムの若い体を見て、茜はちょっと、ときめいた。一夜のアバンチュールもいいものよね。

「そこのベッド使っていいわよ。わたしもシャワー浴びてくるわ」

 茜のダブルベッドに入り込むと、疲れ切っていたハンサムはすぐに眠り込んだ。

 浴室から出てくると、フリフリの付いたネグリジェを着込み、フェロモン入りの香水を目一杯ふりかけ、失恋した若者を慰めつつ誘惑すべく、いそいそとベッドにすべりこむ茜。眠り込んでいるハンサムを見て落胆した。が、ま、明日があるわ。

 ハンサムが目覚めると、すでに陽が高く昇っていて、カーテンの隙間から眩しい日差しが差し込んでいた。見た事もない部屋に戸惑うハンサム。起きようとして、見知らぬ腕が絡まっているのに気づき、どけようとすると、茜が目を覚ました。

「あら、もう起きたの? まだ、早いのに」

「あ、あの、ここはどこ?」

「あたしの家よ。夕べの事覚えてないの?」

「あ、そうか。鶏のから揚げ弁当! 夕べは御馳走様でした。お世話になりました」

「んふっ。どういたしまして」

「そうだ。僕、麻也の家に帰らなくちゃ」

「そんなに急がなくてもいいでしょ。どの道、仕事に行く時間は過ぎているしさ。ちょっと休んでいきなさいよ」

「でも、麻也が心配してるといけないから」

「今更遅いと思うけど。きっとフランソワの後を追いかけて行った事、知っているわよ。まだ服だって乾いていないし、乾くまでの間くらい休んでいけば? それに、麻也ちゃんよりあたしの方があなたを慰めてあげられるかもしれないわよ」

 そう言って両腕を絡ませてくる茜。茜のまとっている香水の匂いに閉口して、腕を解いてベッドから出ようとしたハンサム。何も身に着けていないので寒いのに気がついて、ベッドに戻って布団を被ると、夕べ着ていたはずのバスローブを探した。人間て毛皮が殆どないからちょっと不便なんだ。

「うふん。服なんかいらないわよ。ちょっとこっちにいらっしゃいな」

 再びお色気攻勢をかけようとする茜。

「あ、あの、僕は・・その・・、」

  人間に変身した猫だとは言えないハンサム。じりじりとベッドの端の方に逃げ、とうとう布団にくるまったままベッドから落ちてしまった。布団を取られてネグリジェ姿の茜が現れた。

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないの。こうみえてもあたしはね、」

 と、電話のベルの音が響く。ベッドから下りて受話器を取った茜はドキッとしてハンサムの方を見た。

「ええ、いいわよ。すぐに来て頂戴」

 繕ったようにそう言って受話器を置くと、

「ちょっと、あんた、起きて頂戴。これを着なさい」

 洋服ダンスから適当に男物の服を出すとハンサムの方に放り投げた。ハンサムがもたもたと服を着ている間に、ローブを着て化粧を始める。財布の中からお札を何枚か出すと、ハンサムに渡して、

「これあげるからね。麻也ちゃんにようく謝りなさいね」

 と、言って玄関に送り出そうとした。その時、チャイムの音が聞こえた。ひっと、小さな息を呑んで、慌ててハンサムを部屋の中に連れ戻す茜。うろうろと周りを見回して洋服ダンスに目をつける。

「お願い! いい子だから、しばらくこの中に入っていて! 今、人が来るからね。その人が出て行くまでは絶対に出てこないで欲しいの! いい? 絶対に物音を立てたりして気づかれるような事はしないでっ! いいわねっ!!」

 鬼気迫った茜の言葉にうなずいて、素直に洋服ダンスの中に入るハンサム。再びチャイムの音。

「はぁ~い。今、開けるわ」

「おっ、なんだ準備がいいな」

「ん~ん。待ちかねていたのよ~。だってぇ、ここんところご無沙汰だったんですものぉ」

 茜とパトロンの睦事が終わるまで、ハンサムは見つからないよう緊張で固くなって洋服ダンスの中に座っていた。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈29.迷い猫〉

 配達先で大きなゴールデンレトリバーに吠え立てられたハンサムは、慌ててトラックの上に飛び乗った。相方が荷物を受け渡し終わり、門扉を閉めた後、

「おーい。もう大丈夫だよ。降りて来いよ」

 と、呼んだ。ところが、反対側から降りようとして、向かい側の屋根の上を白い猫が通りかかるのを目撃したハンサムは迷わず、向かい側の屋根に飛び移った。相方はトラックの運転席でハンサムが乗り込んでくるのを待っていたが、ふと外を見ると、ハンサムが向かいの屋根の上をさらに向こうの屋根へと飛び移っている所だった。慌てて、車から飛び出し、

「おーい、月影。どうしたんだ。こっちに戻って来い」

 と、叫んだが、次第に遠くの屋根へと飛び移る後姿が見えなくなっていった。

 屋根の上を器用に飛び移りながら、フランソワの後を追うハンサム。通りに降り立ち、公園を駆け抜け、使われなくなった倉庫のある場所に来ると、フランソワが立ち止まった。

「フランソワ!」

『ミュウ。伝言は伝わっていないの?』

「聞いたよ。でも、君を見かけたから。どうしてひとりで出て行ったの? 僕にも黙って」

『今、仕事中なんでしょ。早く戻りなさいよ』

「一緒に帰ろう、フランソワ」

『ダメよ、ミュウ。あなたひとりで帰りなさい。わたしはわたしの道を行きたいの』

「どうして? どうして? 僕たちはずっと一緒に生きる運命だって、お互いに思ったんじゃなかったの?」

『それは一年も前のことよ。事情が変わったのよ。今、あなたは人間だもの』

「そんな事関係ないよ。僕はフランソワの事が今でも大好きだよ。人間になっても変わっていないよ」

『それは分っているわ。でもね・・・でも、わたしはミュウと普通の猫の生活をしたかった』

「それは、子供を育てたりする事は出来ないけれど、それでも僕たちはきっとうまくやっていけるはずだよ、フランソワ」

『・・・そうね、そうかもしれないわ。でも、あなたには麻也がいるでしょ?』

「麻也? 彼女は飼い主だよ。君とは違う」

『そうかしら。彼女の方はあなたの事を人間として見ているかも知れないでしょ?』

「・・・そんな事」

『わたしは嫌よ、そんなの。わたし一人のミュウでなければ嫌なの』

 本当は、あなたと麻也がふたりになってどうなるか、しばらく様子を見てみたかったの、とは声に出して言わないフランソワ。

『猫は猫どうし、人間は人間どうしが一番いいのよ、きっと』

 ここまで言う気はなかったのに、と半分後悔しながら、それでも溢れてくる気持ちを抑えきれないで、

『とにかく、あなたは人間としての道を生きていけばいいのよ。さようならミュウ』

「待って! フランソワ! 僕は君と生きていきたいんだ!」

『聞き分けがないのね! ミュウ! わたしはもうあなたの猫じゃないの。ひとりで帰りなさい!』

「フランソワ!」

 去っていこうとするフランソワを追いかけるハンサム。フランソワは振り返って、

『もう、追ってこないで! ミュウ!』

「いやだ! フランソワ! 戻ってきてよ!」

 ハンサムの言葉を振り切るように勢い良く走り出すフランソワ。公園に入ると、近くのベンチでこちらの様子をうかがっていた貫禄たっぷりの大きな雑種の猫に近づく。貫禄猫は喜んでフランソワの方にやってきて、フランソワの匂いを嗅ぐと、白く艶やかな毛を舐めようとした。

「あっちへ行けっ!!」

 ハンサムは思わず近くにあった石ころをつかんで投げつける。貫禄猫はあわてて逃げ腰になった。すると、フランソワは貫禄猫を庇うように前に立ちはだかり、ハンサムを威嚇する姿勢をとった。

「!!」

 ハンサムは石ころを再び投げようとした姿勢のまま凍りついた。凍りついたハンサムを残したまま、フランソワは貫禄猫の後を追って姿を消した。フランソワの姿が見えなくなると、ハンサムはその場にがっくりと膝を折って、両手を地面につき、うなだれた。

「フランソワ・・・」

 止めどない涙がポタポタと地面にこぼれ落ち、泣き崩れるハンサム。冷たい風が公園を吹き抜けていった。

 茫然自失の状態のまま夕刻を迎えたハンサム。気がつくと辺りは薄暗くなっていた。ぶるっと身震いすると、家に帰らなくちゃ、と、思ったものの、ここがどこだか分からない。フランソワの姿を見逃すまいと、来る道の景色を覚える余裕がなかったのだ。

 あてもなく歩いて、歩いて、どうにか電車の駅の近くまでやってきた頃にはもう真夜中になっていた。電車に乗ろうと考えて、お金を持っていない事に気がついた。お腹も空いていたが、食べ物を買うことも出来ない。仕方がないので、駅前の店が並んでいる通りの裏通りに行くと、外に出してある業務用ポリバケツを探した。ポリバケツを見つけると、辺りを見回して、誰もいないのを確かめてから中を物色した。

 杏崎茜、店名『茜』のママをやっている27才、は、客を送り出したあと、少し早めに店を閉めると、裏口のドアから外に出た。すると、隣の小料理店の裏先に置いてあるポリバケツに首を突っ込んでいる者がいるのを見つけた。浮浪者が荒らしているのかと思い、声を荒げて叫んだ。

「ちょっと、あんた! なにしてんのさ!」

 いきなりの大声にびっくりして、ハンサムはポリバケツごとひっくり返った。

「ご、ごめんなさい。あんまりお腹が空いていたものだから、我慢できなくて。これ、返します。半分食べちゃったけど」

 ゴミまみれになりながら、半分になった魚の骨を茜の方に差し出すハンサム。茜はちょっと驚いて、

「そんなもの返さなくていいけどね。ゴミをちゃんとかたしてよ」

「は、はい」

 ポリバケツにゴミを戻しているハンサムを値踏みするように見る茜。職業柄、人を見る目はあるほうだと自負している。浮浪者には見えない。どころか、宅配業者のような制服を着ているのに気がついた。おまけにゴミで汚れているのにも関わらず美形の青年である。性格も素直で良さそうだし。

「あんた、こんな所で何をしていたの? こんな夜中に宅配を届けに来たわけじゃないんでしょ?」

「仕事の途中でよそ道に行ったら、帰る道がわからなくなって」

「迷子になったってわけ?」

「うん」

「それは困ったわね。これからどうするつもりなの?」

「わからない。お金がないから電車にも乗れないし」

「お腹空いてるって言ったわね。良かったらあたしの家にいらっしゃい。何か食べ物をあげるわよ」

「えっ、本当?」

 ハンサムはタクシーに乗って、茜のマンションに連れられて行く事になった。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈28.春の嵐の前触れ〉

 お別れ会が終わって、学校から帰ろうとした麻也を鷹野美緒が呼び止めた。校舎の影に麻也を連れて来ると、黙ったまま、いきなり麻也に平手打ちをくらわせた。突き飛ばして鞄を奪うと、中身を全部吐き出させて、カッターナイフを取り出し、教科書からノートから、全部切り裂きまくった。息を弾ませ、鞄までぼろぼろにすると、肩で息をしながら、カッターナイフを麻也に向かって投げつけ、何も言わずに、目に涙を溜めたまま、走って去って行った。麻也は黙ってそれを見ていた。

 博行は美緒がただならぬ様子で走っていくのを遠くで見かけると、走ってきた校舎の方に歩いて行った。校舎の角を曲がると、麻也がゴミと化した教科書やノートを拾い集めていた。

「麻也! 何があったんだ?」

「何も」

「何もって、これは・・・」

「わたしが自分でやったの。ストレス解消に」

「嘘つくなっ! 美緒がやったんだな?」

「いいえ、わたしが自分で、待って尾之多君!」

 美緒が去って行った方向に行こうとする博行の腕をつかんで引き止めた。

「ダメよ! やめて! わたし、本当に大丈夫だから」

「何もするつもりはないさ。これ以上こんな事をしないように・・・」

「わたし、彼女の気持ち分るの。放っておいてあげて」

「こんな事されて、優等生ぶるなよ」

「違うわ。彼女、本当にあなたのことが好きだったのよ」

「・・・」

「彼女と別れたって言ってたでしょ」

「あいつだって最初から遊びだと言っていたんだ」

「最初は違っても、本気になってしまう事だってあるのよ」

「・・・。どうするんだよ。これじゃもう使えないぜ」

「大丈夫よ。参考書があるから勉強には差し支えないわ」

 博行は麻也のゴミ拾いを手伝い始めた。そして、カッターで切られた教科書のページが黒塗りになっていたり、切られる前に既にテープで補修されているのに気がついた。

「おまえ、いつからだ? こんな・・・。みんな僕のせいなのか?」

 否定も肯定もせずに、黙々とゴミを拾い集める麻也。

「あいつは知っていたのか? こんな事されているのを。いや、知らないんだろうな。あの、のほほんじゃな。おまえ、あのヒドイ噂さえ何も言ってないんだろ?」

 博行は、麻也の手から血が出ているのに気がついて、さっと手を取り傷口を口に含んだ。震えている麻也の手が引っ込めようとする。

「そんな目で見るなよ。襲うつもりじゃないから。あの時は悪かったよ。僕は、」

 と、言いかけて、見開いたままの麻也の目が自分ではなく、虚空を見つめているのに気がついた。

「どうしたんだ、麻也? おいっ、しっかりしろよ。あいつ、まさか、フランソワを追いかけて旅にでも出たりしたんじゃないよな?」

 光を失ったような麻也の目から涙が一筋流れ落ちた。

「ず、図星なのか? 冗談だろ? ったく、あのバカ!! しっかりしろよ麻也」

 博行に肩を揺さぶられるまま、黙って涙を流す麻也。

「麻也。こんなのお前らしくないよ。鉄の女はどこへ行ったんだ? ・・・もう、あんな奴の事なんか忘れちまえ!」

 そう言うと、博行は、麻也の腕をつかんで引き寄せ、抱きしめた。

「いやっ」

 麻也の弱々しい抵抗に、博行は麻也から離れた。

「ふっ、そうじゃなくちゃ麻也じゃないよな。あいつは僕が探し出してやるよ。首に縄つけてでも引っ張って来てやる」

「わたしはそんな事・・・」

「おまえの為じゃない。自分の為さ。あの時の借りもあるしな。一発ブン殴らんと気がすまん」

 去っていく博行の後姿を見送る麻也の周りに春の嵐の前触れのような風が吹き込んで、キレギレになったノートの端切れを舞い上がらせた。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈27.お別れ会〉

「麻也、ごめんなさい。僕のためにお父さんに叱られてたんだね」

「気にしなくていいのよ。わたし、平気だから。それより、ハンサムのほうこそ、お父さんにヒドイ事言われて、ごめんなさいね」

「麻也。僕がここにいると麻也に迷惑がかかるの?」

「そんな事ないわ。わたしはハンサムに側にいてほしい。でも、もし、ハンサムがここにいるのが嫌なら・・・。フランソワを探しに旅に出たいのなら・・・」

「ううん。僕も麻也の側にいたいよ。いても構わないのなら」

「フランソワを探しに旅に出なくてもいいの?」

「最後に会った猫がフランソワの事を知っていたんだ。もし、僕に出会ったら、しばらくどこかに行っているけど探さないでって、伝えて欲しいって」

「しばらくどこかに行っているって、わたしや尾之多君の事と関係があるのかしら」

「分からない。でも麻也が悪いわけじゃないから。それはフランソワにも分っている筈だよ」

「・・・」

「僕、明日は仕事に行くよ」

「えっ? フランソワを探さなくてもいいの?」

「戻ってきてくれるつもりかもしれないから、待ってみるよ」

「フランソワ、寒くないかしら。どこかの家に入り込んでいるといいけど」

「うん。フランソワの事だもの、きっと入り込んでいるよ」

「フランソワ、いつでもどこでもモテモテだものね」

 翌日、麻也が登校すると、校門の所で尾之多博行が待ち構えていた。

「麻也、フランソワは見つかったか?」

「え?」

「風邪引きなんて嘘だろ。昨日は一日、フランソワを探していたんじゃないのか?」

「ええ」

「見つからなかったんだろ」

「え? まさか、やっぱり・・・」

「違うって言ったろ! ったく、フランソワのやつめ、どこまで人の恋路を邪魔すれば気が済むんだ。フランソワの事は心配する必要はないよ。あいつはデキル猫だからな。どこへ行ってもやっていけるさ。なにしろ、僕に二度も傷をつけたんだからな。でかい犬が相手でも勝つ事間違いない」

「・・・」

「それより、あいつはどうしてる?」

「ハンサム? 今日は仕事に行ったわ」

「ふぅん。そうなのか」

「ハンサムを襲わせたりしたら、わたし、一生許さないわよ」

「分っているさ」

 跡宮由香は、博行が自分のクラスに入っていくのを見届けると同時に麻也の方へ走り寄ってきた。

「く~っ。いいわね。ねぇ、幸坂さん、ラヴラヴって今、どこまでいっているの?」

「ノー・コメント」

「ぅん、もぅ、つれないんだからぁ」

 その日の夕方、いつもなら帰ってくる時刻にもかかわらず、ハンサムは帰ってこなかった。心配で勉強も手につかないまま麻也が待っていると、母が帰ってきて言った。

「麻也。本当にしょうがない人を好きになったものね」

「ハンサムに何かあったの?」

「行方不明よ」

 漢字が殆ど読めないハンサムはどうしても仕分けが遅くなる。人当たりの良いのを見込んで、上司がハンサムを配達の手伝いの方にまわしていた。その日、配達に同行したハンサムは、配達先の犬に吠えられて、運送トラックの上に登って避難したまでは良かったが。

「時々、あったんですよ。犬に吠えられてトラックの上に登ったりするのはね。でも、今日は上に登った後、家の屋根に飛び移って、そのまま何処かに行っちゃったんですよ。一応ケイタイは持たせておいたから、連絡を何度もしたんですけどね。それっきりです。こちらも困っているんですよ」

 その後、ハンサムが持っていた携帯電話は、いなくなった場所の近くで見つかったとの事で、母は、万が一何らかの事件に巻き込まれているといけないと、警察に捜索願を届け出たのだった。

 麻也は家族が止めるのを振り切って、学校を休み、ひとり、ハンサムとフランソワを探そうとした。フランソワ一匹だけならなんとでも生きていけるかもしれない。猫だもの。でも、ハンサムは今は人間なのだ。食事は大丈夫だろうか。眠る所があるだろうか。どこかで浮浪者になって、誰かに苛められているのではないだろうか。空腹と寒さで震えている様子を想像する度、いてもたってもいられなかった。行った事のある場所、行った可能性のある場所、猫の集会所のある場所など、見て探し歩いた。また、あちこちで路上生活者がいるような場所を覗いては、ハンサムの行方を聞いて歩いた。が、警察からの情報も、母のつてからの情報もなく、杳としてハンサムの行方は分らなかった。

 一週間が過ぎた。何の情報もなく、行方不明者の行き倒れも聞かない。見つからないのは、もしかすると、ふたりで何処か遠くの町に行ったのかもしれない。あるいは、元の猫に戻ったという事も考えられる。麻也は家族の必死の説得に、捜索を一時休むことにした。学校の卒業式や国公立大学の入試、お別れ会などが近づいていた。

 お別れ会の当日、麻也が久しぶりに登校すると、博行が待っていた。博行は麻也に声をかけようとして喉をつまらせた。

「・・・。麻也、大丈夫か?」

「・・・」

「話は聞いている。あいつ、行方不明なんだってな」

「・・・」

「睨むなよ! 僕は何もしていないって! もしかしたら、記憶が戻って元の場所に帰っているのかもしれないぜ」

「・・・」

「おまえ、本当に大丈夫なのか? お別れ会の準備なんか休めよ」

 麻也の様子を見に来た跡宮由香も、麻也の様子を見て、声を呑んだ。

「・・・。彼が本命だったのね」

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈26.フランソワの家出〉

「ハンサム、フランソワの決闘、大丈夫だった? 猫鍋になる前に間に合った?」

 祐希が、家庭教師タイムにやって来たハンサムに聞く。

「うん。フランソワも、麻也も、僕も、みんな大丈夫だったよ」

「お姉ちゃんも? そういえば、お姉ちゃんとハンサムを譲り受けるとか、なんとかあったけど、フランソワの決闘とどういう関係があったの?」

「良く分からないけど、僕が行ったら、麻也が猫鍋男と戦っていたんだ」

「へぇ? あっ、フランソワ! ホントに無事だったんだ。良かったね」

 祐希の部屋に入ってきたフランソワを抱き、スリスリする祐希。フランソワも答えてスリスリする。それからフランソワは自分の場所であるハンサムの膝の上に落ち着く。

 裏山の出来事以来、麻也とハンサムの仲が急速に近づいたように、フランソワには感じられた。フランソワに寝苦しい夜がくるようになった。外を歩けば、相手は選り取り見取り、フランソワはモテモテ猫だった。それでも、ハンサムに対するような気持ちになれる猫には出会った事はなかった。ハンサムがフランソワの運命の猫だと信じていたのに、何という運命の皮肉なんだろう。人間に変身したハンサムの意識が人間に近づくのは避けがたい運命なのかもしれない。麻也の方の気持ちが変化してきているのに気づいたフランソワ。麻也と楽しそうに会話するハンサムを見ながら、フランソワの気持ちが次第に固まっていった。

「フランソワ。フランソワ」 フランソワを呼ぶハンサムの声。

「いた?」 と、祐希が聞く。

「どうしたんだろう。どこへ行ったんだろう。まさか、また、あの鍋男と・ ・ 」

 不安で一杯のハンサムの声。

「電話で聞いてみるわ」 と、麻也。

「そんな事するわけないだろっ! しないと言ったからにはしないよ。あいつにはあれ以来会っていないよ」

 猫鍋を心配する麻也の言葉に、自尊心を傷つけられたような尾之多博行の声。

「もしかしたら、あれが旅立ちの挨拶だったのかな」 と、祐希。

「えっ? どういう事?」

「今日、フランソワが僕の部屋に来た時、この本を持ってきたんだ。読んで欲しいのかなと思ったら、ほっぺにスリスリしてそのまま出て行ったんだ」

 そう言って差し出した本は、カゥボーイハットをかぶった猫が世界一周をする絵本だ。

「旅に出たって事?」

「僕に黙って? どうして? 喧嘩したわけでもないのに。どうして僕に黙って。ひとりで旅に出るなんて」

 ハンサムの目から涙がこぼれ落ちてくる。

「きっとすぐに戻ってくるわよ。フランソワのことだもの、大丈夫よ。ちょっと冒険したくなっただけよ」

「でも、僕に黙って行くなんて」

「ハンサムに心配かける事で甘えているのかもしれないわ。明日まで待ってみましょう」

「うん・・」

 それでも流れ出てくるハンサムの涙を、麻也がハンカチで拭った。

 その夜、ハンサムと麻也は、座ったまま、フランソワの帰りを待って起きていたが、夜明けの近づく頃そのまま眠ってしまった。朝になってもフランソワは帰ってこなかった。仕事を休んで探しに行くというハンサムを、麻也は止めなかった。

「なんて事なの。麻也。猫のために仕事を休むなんて。言い訳にもならないでしょ」

「ハンサムにとって、とても大切な猫なの。分ってあげてお母さん」

「仕事より猫が大切だなんて、分らないわよ、そんな事。今日だけよ、麻也。風邪引きという事にしておくから。えっ? あなたまで?」

 夜遅く憔悴したハンサムがひとりで帰ってくると、父が出迎えた。

「一体、どういう了見なんだ! 一人前に働く事も出来んくせにずる休みとは! 麻也と猫とどっちが大事か考えんでも分るだろうが! そんなに猫が大事ならさっさと探しに行って二度と帰ってくるな! 麻也の事はあきらめろ!」

「お父さん! 止めて! 彼、疲れているのよ」

「疲れているのはお前のほうだろう。受験の方が大事な時期だというのに、一日中あちこち猫を探しまわったりして」

「麻也もフランソワを探してくれていたの?」

「ええ。見つけられなかったけど」

「麻也。こいつは自分の事しか考えていないんだ。いい加減、目を覚ませ!」

「ごめんなさい。麻也。僕のために大事な時間を使ってくれたんだね」

「分っているなら迷惑かけんようにさっさと出て・・」

「いいのよ。ハンサム。さあ早く中に入って。外は冷え込んできたわ」

「おいっ! 麻也! 聞いているのか?」

「僕、入ってもいいの?」

「いいのよ。わたしとハンサムの二人をこの寒空に放り出して凍死させるほど酷いお父さんじゃないと思うわ」

「ぅぐ・・・」

 不満やるかたない父は玄関でひとり、ため息をついていた。

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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈25.風雲急を告げる学校の裏山〉

 物置きから引っ張り出した剣道部の竹刀と鉢巻きの出で立ちで、麻也が学校の裏山に現れたのは、午後4時10分前だった。尾之多博行はずっと前から来ていたとみえて、裏山に作られた自然公園の中の切り株の上に座って、英単語の本を片手に持って待っていた。寒風吹きすさぶ冬の公園には、他に人影はなかった。

「やっぱり、来てくれると思っていたよ」

「わたしがフランソワの代わりに決闘するわ。それでいいのでしょう?」

「もちろん。もし、僕が負けたら、潔く君をあきらめるよ。でも、僕が勝ったら、君は僕の恋人になる。それでいいね?」

「良くはないけど、それしかないのでしょ?」

「ふふっ。その通り。察しがいいね。だから好きだよ、麻也」

 そう言うと、肩に羽織っていた上着をはずし、傍らに置いてあった木刀を取り上げ、唇を舌で湿らすと、木刀を構える。

「いくぞっ」

 麻也も構える。しばしの睨み合いの時の後、剣劇が始まった。腕は殆ど互角に近い。ふたりとも一学期までは同じ剣道部の部員だったのだ。博行が部長で、麻也は副部長。ふたり共に全国大会までいった事のある腕を持っている。博行のほうが腕前は上だったが、貞操がかかっている麻也は負けるわけにはいかない。試合は互角のまま長期戦の様相を呈していた。

 麻也が、フランソワが近くの木の上に来ているのに気がついたのは、膠着状態のまま、博行と睨み合っている時だった。麻也の視線がずれたのを狙って博行が打ち込んできた。とっさに構えて避ける。避けた麻也から遠のいて、博行はフランソワと対峙する。

「フランソワ! ダメよ! 帰りなさい!」

「ちょっとタンマ」

 そう言うと博行は木刀を構えたまま、口笛を吹いた。すると、木陰から手に網を持った、はぐれの連中が現れた。

「捕まえろっ!」

「フランソワ! 逃げてっ!」

 と、麻也がフランソワの方に駆けていこうとすると、博行が立ちはだかった。

「まだ勝負はついていないよ。いくぞ」

 博行の剣撃を受け流しながら、

「一対一の決闘じゃなかったの?」

 今度は博行が麻也の太刀打ちをかわしながら、

「こんな事もあろうかと思ってね。準備しておいたのさ」

 太刀と太刀とを交わらせ、

「たかが猫じゃないの。止めさせてよ」 と、ぱっと離れ、

「そうはいかん。生意気なフランソワに思い知らせてやるさ」

 また、剣が交わる。

「まさか、本当に猫鍋なんかにしないわよね?」

「それはどうかな」

「猫相手にそんなにむきにならなくても」 打ち込む博行、かわす麻也。と、

「麻也っ!」 ハンサムの声が聞こえる。

「えっ?」

 声がした方を見ると、はぐれの連中に捕まって押さえ込まれているハンサムがいた。動揺する麻也。