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ハンサム・ザ・キャット~捨て猫物語~ 〈46.祐希の勇気〉

 四月、孝之は入った大学が遠いので下宿生活に入り、麻也は通学時間はかかるものの自宅通学する事にした。

 ハンサムは、事件で知り合った神楽坂穣に紹介されて、建築現場での仕事をするようになった。

 勇気は6年生になった。担任が変わり、組替えがあり、例の二人組と別のクラスになった事もあったが、学校に行くようになった。

「幸坂君てすごいね。ず~っと学校に来てなかったのにテストが満点なんて」

「それほどでもないよ」

「あっちの方は大丈夫なの?」

「今のところはね」

「河合さんの事知ってる? あの子、最近学校来なくなったんだって。噂では苛めが原因らしいって」

 河合優奈は学級委員をしていたので、先生から依頼されて、時々祐希を学校に誘いに来てくれていた女の子である。

 学校の帰りに祐希は河合優奈の家に寄る事にした。優奈の家に寄るため、いつもの帰り道を外れると、例の二人組に出くわした。

 小さい方が久野雄二、大きい方が植野源太。雄二の父が、源太の父の会社の社長をしている。源太は腕っぷしが強く、小学校の中では皆に一目置かれていて、逆らうものはいない。が、その源太も雄二には頭が上がらない。と、そういう間柄の二人だ。

 祐希が苛めに遭ったきっかけというのが、雄二が、クラスのアイドル芳川芙羽果との交際をかけてテストに臨んだのに、祐希にトップを奪われた事だった。

 祐希にとっては全く知らない事で、謝ったにもかかわらず、雄二は源太に命令して祐希にヒドイ事をさせたのだ。それ以来、使い走りや登下校の鞄持ち、雨降りの日に靴の泥を祐希の服で拭かせたり、大人の見ていない所で、ちくちくと苛めるようになったのだ。ちょっとでも逆らうと、脅迫や源太の暴力が待っていた。

 父は仕事大事で子供の教育は母任せだし、母に話せば、事が大きくなって、かえって事態が悪化する可能性が高い。悪化すれば、他の皆ともやっていけなくなる危険性が大きい。

 担任の教師に相談しようと考えた祐希だが、他の生徒が苛めの相談をしている様子を聞いてしまった。

「それは、君にも原因があるんじゃないかな? 良く考えてごらん。君が変われば、きっと相手だって苛めなくなると思うけどな。僕は君の味方だから、もし、また何か言われたりしたら、その時には、相手も呼んで一緒に話し合ってみる事にしようよ」

 おまけにその担任の教師が放課後の教員室で他の教師と小声で話しているのも聞いてしまった。

「まったく、最近の子供は精神的にひ弱ですよ。僅かな事で苛めだの、暴力だの、教師泣かせです。親の手前、そう言うわけにもいきませんけどね」

「そうそう、両方の親ともすぐに騒ぎますからね。マスコミに出ないよう、ついこちらも押さえ込みたくなるってもんですよ」

 クラスのみんなは源太の力の前に一様に口を閉じている。担任の教師は被害者の気持ちよりも、苛め対策をしているという建前を見せたいだけの偽善者だ。居場所はない。そう感じた祐希は学校を捨てる決断をしたのだった。

 学校に行けば苛められると分っていても、優奈には責任がないのに、誘いに来てくれるのを拒むのは悪い、と考えていた祐希だった。が、優奈があいつに苛められているとしたら、もしかすると自分の事と関係があるのではないか。自分の責任もあるのでは、と思った。

 怖くないと言えば嘘になる。雄二と一対一だったらなんとか互角に戦える。でも、源太は破格の強さで、とても無理だろう。

 祐希は、銃を持つプロの誘拐犯に素手で向かっていったハンサムの事を思った。周りの者がバカにしていても、泰然として笑っているハンサムの、もしかしたら本当の強さを考えた。僕にも出来るだろうか。

「よう、祐希じゃないか。自分から進んで鞄持ちに来てくれたのか?」

「違うよ。聞きたいことがあるんだ。河合さんの事だけど、君、何かした?」

「へぇ、何だ偉そうに。ちょっと場所を変えようぜ」

 三人は近くの神社の境内に入った。そこは最近神主が病気で入院してから荒れ果てて、誰も足を運ぶ者がいない場所だった。足がガクガクと震えるのをこらえながら、祐希は言った。

「河合さんに何かした?」

「何もしていないよ。ちょっとからかってやっただけさ」

「やっぱり、何か悪い事してるんだ」

「だったらどうする?」

「僕の事と河合さんは何の関係もないだろ。やめろよ」

「こっちの勝手だよ。それともやる気か? おい、源太、ちょっと痛い目にあわせてやれよ」

「僕は源太君と戦う気はないよ。源太君、僕は今まで君に何もしていないだろ? 君はどうして雄二の言う事を聞かなくちゃならないの? 何にも理由なんかないじゃないか。

 君は学校で一番強いし、誰だって君には一目置いているよ。雄二なんかよりずっと強いのに、いつも言う事ばかり聞いていたら、君の方が弱いんじゃないかって勘違いする人が出てくるよ」

 源太は驚いて、ちょっと考える目つきをした。こいつ、今まで、オレには何もいえない弱虫だと思っていたが、結構言うじゃないか。

「そんな事言ったって無駄だよ。僕のお父さんは社長なんだ。こいつの親父の首を切る事だって出来るんだぜ。こいつはオレのいうままさ」

「親同士の事なんて関係ないよ。自分の力が無いものだから親の力を使って君を脅迫してるんだよ。脅迫に負けるのかい? 源太君のお父さんだって、きっと、君が脅迫なんかに負けない強さを持っている事を自慢に思うと思うよ」

 源太は親父の事を常々気にして雄二に合わせていたが、雄二にあからさまに言われて、さすがに嫌な気分になった。そこへ祐希の言葉が重なった。『脅迫に負ける』 『自慢に思う』 という言葉が源太の自負心を動かした。親父もオレが強いことをいつも自慢してくれている。

「分った。オレは関係ないんだから、お前達が自分で戦え」

「おいっ、源太!」

「そうら見ろ。自分は弱いもんだから源太君がいないと何も出来ないんだ。悔しかったらひとりで僕と戦ってみろ」

「いいのかっ? あの写真をばらまいてやるぞ」

「やっぱりお前は弱虫だ。そんな事で脅迫するのは力がないからだろっ。やるならやってみろ。僕もみんなに言ってやる。お前は僕が怖いから戦わないで逃げたって。源太君が証人だ」

「なんだとぉ。お前なんか怖くないぞ。よぉし戦ってやる。こいっ」

 夕日が落ちかかった春の夕暮れ、祐希は優奈の家を訪れた。優奈はあちこち擦り傷や切り傷、打ち身だらけの祐希に驚きながら、手当てしてくれた。

「ごめんね。僕を学校に誘いに来てくれてばかりに。でも、もう大丈夫だよ」

 と言って、祐希は雄二から取り返した写真を優奈に手渡した。写真を見ると、さっと隠してパッと赤くなる優奈。

「写真の元も消させたから、もうばらまいたり出来ないよ。源太君も悪かったって言っといてくれって」

 写真を握り締めて黙ったままの優奈に、

「僕なんかさ、お尻にバッテンの印を付けられたりしたんだ。言う事を聞かないとその写真をばらまくって。でも、もう平気さ」

「平気って、雄二君がしゃべったら噂になるのに? 皆に笑われたり、今度は大勢にひどい事言われるようになるかもしれないよ」

「何言われたって平気さ。僕は何も悪い事なんかしていないんだもの。それに、僕、あいつと戦って勝ったんだ。それ、破ってしまいなよ」

 優奈は、転んでスカートがめくれ上がり下着が見えている写真を細かくちぎり破いた。

「学校出てこない? 僕は河合さんの味方だよ」

 優奈に見送られて、祐希は家路についた。

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