ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈4.結婚のABC その2〉
「あの、僕、買いたい物があるんです」
麻也がまだ帰ってきていない、夕食時、僕は台所の家事を手伝いながら、麻也のお母さんに相談をした。麻也のお母さんは僕の保護者みたいな立場だったし、僕は普段殆どお金を使わないので、給料はいつも麻也のお母さんに渡していた。
「いくら必要なの?」
「指輪を買うのってどのくらいお金がいるのかな?」
麻也のお母さんはびっくりして僕のほうを見つめた。
「あなた、麻也に結婚を申し込むつもりなの?」
「はい。申し込むには指輪が必要だって聞いて」
「ちょっと待ってね。あなた! ちょっと来て頂戴!」
麻也のお母さんが麻也のお父さんを呼んだ。呼ぶと、居間の方から麻也のお父さんがやってきた。
僕はお父さんが嫌いと言う訳じゃないけど、ちょっと苦手なんだ。猫だった時は、お休みの日なんか、喉を撫でたりしてくれていたのに、人間になった途端、最初から殴られそうになったり、怒鳴られたりしたからね。女の子を持つお父さんっていうのはそういうものらしいって、穣さんに聞いたけど、やっぱりまだ、ちょっと怖い。
「なんだとっ! 麻也と結婚したいんだと? 半人前のくせに、百年早いわ! だいたい、麻也はまだ18の子供だ。世迷い言をいうな!」
お母さんから話を聞いたお父さんは、いきなり大声で僕に言うと、さっさと居間の方へ戻っていった。僕はちょっと、ビクビクしながら、
「あの、よまよいごとってどういう意味なのかな?」
と、麻也のお母さんに聞いた。
「結婚はまだ早いんじゃないかしらって事なのよ。麻也はまだ大学に入ったばかりだからね」
「でも、僕、百年も待っていたら死んでしまうよ」
「それは例えの話よ。一人前になってから結婚しなさいって言いたいのよ」
「お父さんの言う一人前になるにはどうしたらいいのかな?」
「そうね。あなたはまだ義務教育も受けていないようだから、こうしたらどうかしら。わたしが知っている夜間高校があるの。そこに義務教育の為の特別のプログラムがあるから通って受けてみたら?」
「勉強すれば一人前になれるって事?」
「いいえ、そういう訳じゃないけど。義務教育の終了書を取れば、一応人並みという事で、お父さんの気持ちも収まると思うわ。努力をしているって所を見せるのよ。それに、あなたが世間を渡っていくのにも役立つかもしれないわ」
「気持ちが収まれば結婚を認めてもらえるって事だね?」
「まあ、そう考えてもいいと思うわ」
でも、僕にそんな勉強なんて出来るのかな。と、考えていると、
「麻也の為にと思って頑張ってみれば?」 と、お母さん。
「はい。頑張ってやります!」
結局、指輪の前に、勉強をしなくちゃならない事になってしまった。
「おい、月影」
仕事が終わって帰ろうとしていたら、音寺さんが話しかけてきた。
「お前、夜間の学校に行く事になったんだってな。大変だな」
「うん。でも、麻也のためだから」
「がんばれよ。ところで、明日、学校も休みなんだろ?」
「うん。そうだけど」
「明日、俺ん家でビデオの鑑賞会をやるんだが、見に来ないか?」
「ビデオ?」
「そうだよ。結婚の役に立つかもしれないぞ。麻也ちゃんに内緒で来いよ」
「麻也に内緒で? どうして?」
「そりゃあ、男の為の愛の勉強会だからな。待ってるぞ」
手を振って音寺さんは帰っていった。
僕は家に帰って晩御飯を食べると、夜間高校に行くために電車に乗る。途中の駅で一度降りて、反対方向からやってくる電車に乗っている麻也を待つ。麻也も一度降りてきて、僕としばらくお話する。それから、次の電車で麻也は家に、僕は学校に向かう。
家に帰るのが遅くなるので、麻也とお話する時間が少なくなったため、電車の時間差待ちデートを麻也が思いついたんだ。
その日の帰り、僕が駅を降りて家に向かおうとしていると、駅前近くで尾之多君が僕の肩をたたいた。
尾之多博之君は、麻也を好きな人間の男の子だ。前に狼になって麻也を襲おうとした事があるし、猫鍋事件でフランソワとライバルみたいに戦ったりした、ちょっと怖い所がある。でも、その後、誘拐事件の時や、遊園地の事件の時には、僕達を助けてくれた。僕はあまり好きじゃないけど、悪い人間ではないみたいだ。
尾之多君は大事な用事があると言って、半分無理矢理、僕を車に乗せた。
あんまり遅くなると麻也が心配するといけないから、と言うと、麻也の家には電話してあるから大丈夫と言う。
ちょっと不安な気持ちの僕を乗せて、車はすごく大きな門の前に止まった。門が開いて、車のまま奥に入ると、公園のような広い庭を通って、奥の方の建物の前で降りた。
建物もすごく大きくて、中の飾りもすごく豪華だった。長い廊下を通って、裏口に抜けると、別の少し小さめの建物の中に入った。その中の部屋の一つに二人で入ると、尾之多君は部屋の鍵を掛けた。
僕は胸をドキドキさせながら部屋の中を見回した。応接セットと奥の方にベッドがあるだけで、台所がないのでちょっとホッとした。僕は今は人間だし、尾之多君は僕が猫だった事を知らないはずだけど、猫鍋事件を思い出してちょっとビクビクしてたんだ。
尾之多君は上着を脱いで、奥の方のベッドの端に腰掛けると、自分の腰掛けた横を手で叩いて、
「ここへ来て座れよ」 と、言った。
「大事な用事ってなに?」
おそるおそる横に座りながら聞くと、
「お前、経験がないというのは本当か?」
「経験って、あ、あの事? うん。本当だよ」
最近そういう事ばかり聞かれるので、すぐに結婚の話だなと分かった。
「ふ~ん。では、これを見てみろ」
尾之多君はベッドの側のテレビをつけた。テレビに女の人の裸が映る。女の人は、テレビを見ている人の方に向かって、ウィンクしたり、いろんな格好をしてみせた。尾之多君はテレビではなく僕の方をじ~っと見ていて、
「何か感じているか?」
「何かって?」
「もしかして、こっちなのか?」
「こっち?」
突然僕をベッドに押し倒すと、すごく優しそうな、でもどこか変な雰囲気の顔になる尾之多君。僕の目を見つめながら、黙って僕の髪の毛や顔を優しくなでると、キスをしてきた。僕はびっくりして尾之多君の腕から逃げると、
「尾之多君が好きなのは麻也じゃなくて僕だったの?」 と、聞いた。
「ふん。こっちではないのか。ではこれか?」
尾之多君がテレビのコントローラーを押すと、猫がたくさん出ている画面に変わった。僕はドキッとして尾之多君の方を見た。
「まさかとは思っていたが、やっぱりこれなのか」
そう言って、頭を振って深くため息をついた。
「やっぱりこれって、どういう意味?」
猫だった事が分かったのかと、ドキドキしながら聞いた。
「お前、麻也と結婚したいと言っていたそうだな。本気でそう思っているのか?」
「うん。今、麻也のお父さんに認めてもらうために、学校にも通っているよ」
「麻也は人間なんだぞ。フランソワのような猫じゃない」
「わ、分かっているよ。僕、人間として麻也と結婚したいんだ」
「人間として・・・か。麻也がそれを望むなら、仕方ないな」
尾之多君はベッドの下から紙バッグを取り出して、僕の方に渡してくれた。
「中にビデオが入っている。人間の愛し方が映っているからな。良く見て勉強しておけ。いいか、音寺の誘うビデオは絶対に見るな。絶対だぞ。他の誰かから見ようと誘われても、貸してくれても、他のビデオは絶対に見るな。この中のビデオだけにするんだ。麻也には知られないよう、麻也のいない時だけ見て、マスターしておけ。僕が二年後に日本に帰ってくるまでに、しっかりマスターしておけよ。でないと・・」
「でないと?」
「麻也は僕の子供を産むことになる」
「え~っ!?」
僕は頭の中が真っ白になるくらい驚いた。
「嫌ならしっかりマスターしろ。それから、今日のこの事は麻也には絶対秘密だぞ。ビデオの話もな。もしバレそうになったら、この本を渡してもらったと言っておくんだ。ついでに読んでおけ」
そう言って、本を2冊渡してくれた。
「それから、麻也との間の事を軽々しく人に話すな。そういう事は聞かれても答えないで秘密にしておくのが、大人の男というものだ。分かったな? 僕の言った事や秘密は絶対に守れよ。でないと・・」
「でないと・・?」 僕はゴクっと唾を飲んだ。
「お前が僕とキスをした事を麻也に言う」
「ええ~っ!!」
「そんな事を聞いたら麻也が悲しむだろ。麻也の為だ。秘密は守れ。いいな?」
「は、はい」
僕は頭の中が真っ白になって、考えることも出来ないような状態のまま、尾之多君の車で送ってもらった。
「僕が日本にいない間に、もし万が一、誰にも相談できないようなことが出てきたら、設楽に相談しろ。じゃな」
設楽怜侍(したられいじ)さんは僕と同じ職場の人で、僕と同じ時期に穣さんの所に来た人だ。あまり話した事はないけど、尾之多君と知り合いだったなんて。
僕、麻也に秘密を持ってしまった!







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