ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈9.恋愛と結婚のABC その1〉
「おい、月影のライバルが現れたようだぞ」
「なんだって? 一体どんな奴だ?」
お弁当を食べる手が止まったままのハンサムと、しばらく話していた蓮河が去って行くと、遠巻きに様子を窺っていた興味津々の仲間達がやってくる。
「おい、何だって? あいつ、何と言ったんだ?」
「麻也と結婚したいんだって」
「で、お前はどう言ったんだい?」
「何も言うひまが無かった」
「あちゃ~。麻也ちゃんはあいつの事をなんと言っているんだ?」
「何も言ってなかった」
「おい、この名刺見ろよ」
「え~っ。相手は大学のお医者さんかよ」
「しかも男前も良かったしな。こりゃあ強敵だな」
「僕、どうしよう。今晩、家に来るって」
「いや、いや、大丈夫だよ。きっと麻也ちゃんはお前の事が好きだから」
「そうだよ。恋のライバルなんかガツンと言ってやらなくちゃ」
「ガツンと?」
「麻也は僕の物だって言ってやれ」
「でも、麻也は人間だよ。物じゃないよ」
「じゃあ、麻也に近づくなっ、とでも言ってやれば?」
「本当に近づかなくなる?」
「やれやれ、心細いねぇ。勢いでもう負けてるよ」
不安なハンサムを襲うがごとく、夜がやってきた。
予め電話連絡済の蓮河が到着すると、麻也の父と母が迎えに出た。応接間で、自己紹介する蓮河と名刺を交し合う父の様子を、台所のほうから覗き見るハンサム。いかにも嬉しそうに蓮河と話をする父と母の様子が、ハンサムの不安をかき立てる。
麻也は今日はサークルで剣道の稽古があるから遅くなると言っていた。蓮河が来るというので、ハンサムは夜間の学校を休んだのだが、何もしていないと気分が変になりそうなので、台所でひとりおかずの煮干のキンピラを作っていた。
父と母が機嫌良く蓮河を送り出そうとする時になって、後ろの方からそうっと出てきた。すると、蓮河が気がついて言った。
「月影君。ご両親は僕が麻也さんと付き合うのを許してくれましたよ。お互いに正々堂々と頑張りましょう」
そして、ハンサムと握手して、笑顔で帰って行った。
麻也が帰ってくるのを待ちかねたように、父は声を掛けた。
「麻也。今日、蓮河さんがみえたよ」
「えっ? 蓮河さんが?」
「知らなかったよ。あんないい人に付き合いを申し込まれているなんて。どうしてすぐにお受けしないんだ?」
「そんな事を?」
麻也が振り向いてハンサムの方を見ると、不安で一杯になっているハンサムの目にぶつかった。
「わたし、すぐにお断りしたかったの。でも、どうしても、少しでいいから考えて下さいって言われて、返事を延ばしただけなの。本当に後でお断りするつもりだったの」
「断る理由なんかないじゃないか。将来性のある立派な青年だ。良い家庭ができるぞ」
「お父さん。わたしとハンサムの気持ちも考えてね。わたしがハンサムを好きな事知ってるでしょ」
「恋愛と結婚は別物だよ。麻也、考えても見なさい。月影と蓮河さんでは月とすっぽんだよ。お前のような娘は、月影には、猫に小判、豚に真珠だ。蓮河さんのような人こそお似合いだよ」
「お父さん、この話はもう言わないで! ハンサム、行きましょ」
麻也はハンサムを引っ張って、二階の自分達の部屋に連れて行った。
「麻也。麻也は小判なの? 小判ってどんな事?」
「お父さんの言う事なんか気にしないで。ハンサム。わたし、蓮河さんとは勉強を教えていただく先生と生徒の関係なのよ。断りにくかったから、お返事をちょっと延ばしただけなの。その事を言わなかったのは、わたしが悪かったわ。でも、わたしはハンサムが大好きなの。忘れないで! いい?」
「うん。僕も麻也が大好きだよ」
「じゃあ、キスして」
麻也とキスをして、少し落ち着くハンサム。
「明日、お断りしに行くわ」
「うん」
翌日、麻也が会いに行くと、蓮河は嬉しそうに出迎えた。
「麻也さん。よく来てくださいました。どうぞ、ここへおかけ下さい」
「いいえ。すぐに帰りますから」
「夕べの事をご両親からお聞きになっておられないのですか? ご両親は僕が貴女と付き合うことを喜んでくれていましたよ」
「蓮河さん。わたし、やっぱりお返事を延ばすべきではありませんでした。あんな風になさるとは思ってもみなかったんです」
「どうしてですか? お付き合いする前にご両親にお話してもおかしくないでしょう? 返事は前にも言ったとおり、ゆっくりで構いません」
「いいえ。今、はっきりとお断りします」
「ちょっと待って下さい。月影君に気を使っておられるんでしょうが、2年も同棲しているのに結婚の事を考えていないなんて、遊びとしか思えませんよ。僕は本気で麻也さんと結婚したいと考えているんです。だからこそ、正々堂々とご両親に挨拶に行ったのですよ」
「わたし達にはわたし達の事情があるのです」
「どんな事情なのですか?」
「ふたりの間の事ですからお話できません。ごめんなさい」
「麻也さん!」
蓮河が制止しようとするのを振り切って麻也は部屋を出た。
「そうか。麻也ちゃんの親はライバルびいきなんだな。まぁ、無理もないが」
「おい、そんな物言いはないだろ。肝心の麻也ちゃんが月影を好きなんだから、大丈夫さ。な、月影」
お昼休みに、ハンサムの仲間達が結婚話に花を咲かせる。
「でも、容姿は互角だけど、学歴や将来性で完全に負けてるもんな。おまけに親もあっちの味方だろ。前途多難だよ」
「あのぅ、猫に小判とか、豚に真珠ってどういう意味?」
「あちゃ~。そりゃ言っちゃいけない禁句だよ。恋愛にそんなのカンケーねぇ!」
「月とすっぽんとかも言われたんじゃねぇの?」
「うん。どういう意味?」
「つまり、ライバルの方が勝ってるって事さ。でも、麻也ちゃんが月影の方が良いと言うんだから問題ないさ」
「そう、そう、そうだよ。がんばれよ」
「うん。ありがとう」
麻也の二十歳の誕生日がやってきた。ハンサムは前にもらったお金の残りで、できるだけ豪華な花束とケーキを買った。
家に帰ってくると、ハンサムが買ってきたのよりもさらに豪華な花束と大きなプレゼントの包みが届いていた。送り主はもちろん蓮河だ。
「麻也。どうしてこの花束放っておくの? 折角、蓮河さんが送ってくださったのに」
「プレゼントは後で送り返すつもりよ」
「そんな事、失礼でしょ」
「でも、わたし、蓮河さんにはきちんとお断りしたんですもの。頂くいわれがないわ」
「麻也! 少しはお父さんに言われた事も考えてほしいわ」
「ハンサムが帰ってきたら、ふたりの仲を認めるって言ったのはお父さんよ」
「でもね、恋愛と結婚は違うでしょ」
「ふたりの事はふたりに任せるって言ったのはお母さんよ。それにわたし、もう二十歳よ。自分の事は自分で決めるわ」
ひとり、ため息をつく母だった。
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