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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈10.恋愛と結婚のABC その2〉

 プレゼントを送り返されたにも係わらず、蓮河は日曜日の空いた時間などにやって来て、父や母と談笑していくようになった。もちろん、麻也は出てこない。それでもめげずに通う蓮河であった。

 その日、ハンサムは学校からの帰り道、蓮河に肩をたたかれた。

「月影君」

「あ、蓮河さん」

「今、学校から帰る所ですか? 一緒に行ってもいいですか?」

「構いませんけど。何か用事ですか?」

「いや、実は、先日、君の仕事場を訪ねた時、失礼な事を言ってしまった事が分かったものですから。謝ろうと思って」

「どんな事?」

「君が結婚の事を考えてもいないのは許せないと言ったけど、失言でした。すみませんでした。お母さんからいろいろ聞いたんですよ。お父さんに認めてもらうために夜間高校に通っていると聞きました。君も大変なんですね。記憶喪失で、義務教育も受けていないような環境で育ったらしいというのは本当なんですか?」

「あ、それは、まあ、よくは分からないけど、そういう事らしいです」

 人間として生きていくためには、猫だった過去を秘密にする必要があるという事も分かっている。

「麻也さんは優しい人だから、君の生い立ちに同情もしているんだろうな。ちょっと羨ましいな」

「蓮河さんが僕を羨ましいんですか?」

 仲間からライバルの方が勝っていると聞いていたハンサムは、ちょっと驚いて聞いた。

「そりゃ、当たり前ですよ、君。君は現在、麻也さんと同棲もしているんだし、僕は君を理由にお付き合いを断られてしまったんですからね。もちろん、まだ、完全に諦めた訳じゃありませんよ。麻也さんはきっちりとした人だから、同時に二人と付き合う事はしないだろうけど、恋愛と結婚は別という考え方もありますからね」

「恋愛と結婚は別という考え方って、どんな風ですか?」

「お互い好きになって恋愛するのは自由だけど、結婚となると、生涯を共にするためのパートナーだから、選ぶ基準が少し違うっていう考え方ですよ。一生は楽しい事ばかりではありませんからね。それに、子供を育てる為にはある程度の生活力も必要でしょう。結婚には社会的責任が伴うって考え方もあるし」

「社会的な責任って、どういう事を指すんですか?」

「あははは。まるで生徒みたいですね、君は。質問ばかりして」

「すみません」

「いや、構いませんよ。結婚して所帯を持つという事は、一人前になって社会の構成員になるという意味合いがあるという考え方です。ちょっと古い時代の考え方ですけどね。結婚は個人の自由だから、結婚や離婚をするのも、結婚しないのも自由というのが、今の考え方かな。僕は両方の考え方とも認めている方です」

 ハンサムは感心しながら蓮河の言う事を聞いていた。若いのに穣さんのようにいろんな事を知っていて、しかも少しも嫌味じゃない。でも、人間の結婚って、ホントに複雑なんだなぁ。

 話しながら二人で歩く歩道に、車が横付けされた。車から二人の人間が降りてきて、ハンサムに声をかける。

「ちょっとお付き合い願えませんか?」

 二人で横から挟むように、有無を言わせないような雰囲気に、ハンサムは昔の事件を思い出した。

「誰? CIAの人?」

「とにかく乗って下さい。話は中で」

 言葉は丁寧でも強引に引っ張ろうとするので、ハンサムは危険を感じて、振り払って逃げようとした。蓮河も助け舟を出そうとした。

「ちょっと、君達。嫌がっているじゃないか。止めなさい」

 揉み合いになった。すると、車から出てきた人間の一人が、懐から銃を取り出して蓮河に向けた。

「邪魔をするな」

 手を挙げて後ずさりする蓮河。それを見たハンサムは、いきなり猫キックをその人間の銃を持った手に浴びせると、引っ掻き攻撃を横っ面に加えた。銃は遠くに吹っ飛び、その人間は顔を抑えて怯む。怯んだ隙に猫パンチの一撃を入れると、うずくまるように倒れた。

 ハンサムはくるっと回れ右をして、もう一人の脇腹にキックを入れる。頭部に猫パンチのダブルを加えると、その一人も倒れこんだ。

「早く逃げよう」

 蓮河の腕を引っ張って、ハンサムのスピードに追いつけず転びそうになる蓮河を励まして、その場から走り去る。彼らは追って来ないようだった。

「あいつらは一体何者なんですか?」

 息を切らしながら蓮河が尋ねる。

「僕にも分からないよ」

「銃を持っていたけど、強盗でもなさそうだし。CIAって、あのCIAなんですか?」

「分からない。違うかもしれない」

「君は一体何者なんですか?」

「僕は僕だよ。今度は蓮河さんの方が質問ばかりしているね」

「ああ、はははは。ホントだ。でも、すごい技でしたよ。もしかしてどこかの諜報部員でもしていたとか?」

「ううん、違うよ。本を読んだんだ。マーシャなんとかいう本。自己流なんだけど」

 尾之多博行にもらった本は一冊は結婚生活に関する本で、もう一冊が武道の本だった。

「マーシャルアーツですね。しかし、誰とも知れない人達に狙われるなんて。そう言えば、前に麻也さんが誘拐された事件がありましたね。金目的の誘拐集団だったという事でしたが、もしかして、君が原因だったのでは?」

「それは・・・、違うと思うけど」

 カプセル事件の事は秘密になっているから言う事は出来ない。少し言いよどむハンサムの様子を見て、蓮河は密かに思った。これは、やっぱり、麻也さんを譲れないぞ。麻也さんを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 家に帰ってくると、ハンサムは今日の出来事を麻也に相談した。

「CIAの人ではなかったのね?」

「うん。たぶん。CIAの人ならそう言うと思う。矢城刑事さんに言った方がいいのかな?」

「でも、言えば蓮河さんを巻き込んでしまうかもしれないわ」

「尾之多君が、誰にも言えない様な事が起きたら、設楽さんに相談しろって、言ってたけど、どうしよう?」

「そうね。でも、あの事件が終わってからもう一年半近くも経っているから、関係ないかもしれないわ。人違いだといいんだけど。少し様子を見て、今度何かあったら必ず警察に言うようにしましょう」

「今度は警察は味方なんだね?」

「そうよ。もう何もなければいいんだけど。何かあったらすぐに連絡し合えるように、携帯電話のスイッチは必ず入れておくようにしましょうね。それから、ハンサムもこれを持っていて」

 麻也は痴漢除けスプレーを手渡した。

「やあ、麻也さん。月影君を待っているんですね」

 麻也が駅で、電車の時間差待ちデートでハンサムを待っていると、蓮河が手を振ってやってきた。

「よくご存知ですね」

「邪魔するつもりはありません。恋人の付き合いがダメなら、友達としてお付き合いしていただけたらと思って。いけませんか?」

「いえ、でも・・・」

「あっ、月影君」

 ハンサムが電車を降りて走ってくる。

「今、麻也さんに友達としてお付き合いしてもらうようお願いしている所なんですよ。友達なら、月影君も構わないでしょう?」

 ハンサムと麻也が顔を見合わせる。

「いいじゃないですか、三人で友達になれば。僕は無理に麻也さんを取ったりしませんよ」

「あの、でも、またこの間のような事があるといけないし・・」

「僕は気にしません。それに、実は、僕も少しは腕に覚えがあるんですよ。この間は突然の銃でしたから怯みましたけどね。これでも柔道は黒帯ですよ。月影君の腕があれば、強盗も痴漢も形無しだし、麻也さんの剣道と、三人合わせたら怖いもの無しだと思いませんか?」

 それでも、渋って顔を見合わせる二人の肩を陽気にたたいて、

「友達ですよ。友達。意地悪しっこなしですよ」

 と、強引に友達になってしまった。そうして、時々、麻也の家に来ては、三人で、あるいは親も交えて、お茶を飲んだり、話をしたりするようになってしまったのだった。

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