ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈12.プロポーズのABC その2〉
「猫の縫いぐるみは一つ六百円です。いくつ必要ですか?」
ピエロのような格好をした設楽さんが、手に袋を幾つも抱えて話しかける。
「猫用の缶詰は二つで五百円よ。缶詰を五つと縫いぐるみを一つ買って、二千円出すと、お釣りはいくらになると思う?」
設楽さんの横から麻也が顔を出して、僕に聞いた。
「えっと、缶詰は一個二百五十円だから、五個で千二百五十円で、縫いぐるみの六百円と合わせて千八百五十円。だから、お釣りは百五十円だね」
と、僕が答える。
「良く出来たわね。キスしてあげましょう」
僕が麻也とキスをしようとすると、尾之多君が麻也をプレゼントの袋に隠して、代わりに僕にキスをしようとした。慌てて、逃げようとすると、今度は蓮河さんが現れて、
「(a+b)の二乗を因数分解すると、友達でもプロポーズ出来るって知ってましたか?」
そう言って、蓮河さんは麻也が入っている袋を取って走り出した。
「待って! 麻也を持っていかないで!」
僕が追いかけようとすると、穣さんが現れて、
「月影、ダイビングすると、X=2Yの時、結婚は千年先になるぞ」
「え~っ!?」
見ると、尾之多君と蓮河さんがXになって、穣さんはaの格好に、設楽さんはbになって、輪になって廻り出した。袋からこぼれた麻也を拾い上げると、僕の手のひらの上でYになってダンスを踊りだした。僕が麻也をそうっと机の上に戻そうとすると、お父さんの大きな顔がノートの中から現れて、言った。
「俺の目の黒いうちは許さんぞ」
汗びっしょりで目を覚ますと、まだ夜だった。勉強しながらうとうと眠ってしまったらしい。丁度、ドアが開いて、麻也が入って来た。
「ハンサム、もう今日はお休みしない?」
「うん」
僕は麻也のお兄さんの部屋から出て、麻也の部屋に戻る。麻也の部屋は狭くて机が一つしか置けないので、麻也の勉強が忙しい時は、麻也のお兄さんの机を借りて勉強している。麻也のお兄さんは遠い大学に行っていて、下宿生活をしているから、普段は家にいないんだ。
「明日はテストね。しっかり眠って備えましょう」
「うん。僕、頑張っていい点取ってくるよ」
学校では、時々進度判定テストっていうのがあるんだ。勉強の方は中学校の内容になってきているのに、僕の進度判定はまだ小学校のレベルで、なかなか進まない。
算数で、XとかYとか、aとかbっていうのが難しくて、お金の計算でどうしてお金じゃないものが出てくるのかよく分からなかったんだ。でも 、今日、変な夢を見たら、なんとなく分かるような気がしてきた。だけど、お父さんがノートから出てくるのはやめてほしいなぁ。
クリスマスが来た。去年のクリスマスは、麻也と祐希の三人でクリスマスツリーを飾って、家でご馳走を作って、家族と一緒に食べた。七面鳥のかわりの鶏の丸焼きがとっても美味しかった。
今年は蓮河さんの提案で、クリスマスパーティというものをする事になった。去年より飾りつけが華やかになって、ご馳走もたくさん作る事になった。みんなでプレゼント交換もするので、贈り物をたくさん用意した。
パーティには麻也の友達の森岡聡史君も飛び入りで参加する事になった。森岡君も麻也が好きらしい。なんだか、ライバルだらけのクリスマスパーティになりそうだ。
「麻也さん。尾之多君からクリスマスカードが届いていますよ。きっと、参加出来なくて残念に思っていることでしょうね」
と、森岡君。僕は尾之多君がアメリカに行っていていないので、ちょっとホッとしている。パーティは麻也のお母さんやお父さん、祐希も参加して、賑やかに終わった。ライバルだらけだったけど、結構楽しかった。蓮河さんはみんなの気持ちを和ますのがとても得意らしい。
パーティが終わって、麻也と一緒に森岡君を玄関から送り出す時になって、森岡君が小さな声でひそひそと話し出した。
「そういえば、尾之多君、ついこの間、おかしな事件に巻きこまれたらしいですよ」
「おかしな事件?」 と、麻也が聞く。
「これ、オフレコにしておいてほしいんですけど、どうもCIAが係わっているらしいです」
「CIA? 君、そんな事よく知ってるね」
と、後ろから蓮河さんが現れた。
「あははは。ちょっとね。たいした事じゃないから。じゃあ、また」
と、森岡君が帰りかけると、
「いいじゃありませんか。僕も仲間に入れてくださいよ。君だって麻也さんにプロポーズしたいくちでしょ? ライバルなら正々堂々としましょうよ」
「蓮河さんは友達なんでしょう?」 と、僕。
「あはははは。可能性の問題ですよ。それに、この間、月影君が拉致されかけたのと関係があるかもしれませんよ。と、すると、僕も、もう巻き込まれている可能性だってありますよ」
「えっ? そんな事があったんですか?」
「でも、あれ以来何も無いから、人違いだったのかもしれないし」 と、麻也。
「でも、一応知っておく資格はあると思いませんか?」
「そうかもしれません。でも、これ以上巻き込まれたくはないでしょう?」 と、森岡君。
「麻也さんに関係のある事ならどんな危険な事も知っておきたいんですよ。巻き込まれるのは先刻承知です」
「では、他言無用に願いますよ」
「分かっています」
「詳しくは教えてくれなかったんですけど、なんでも、〔月の石〕と関わりがあるらしいです。〔月の石〕って言うのは、今は全然聞かないけど、ちょっと前にインターネットの中で、一時話された事がある、願い事を叶える石の事なんですけど」
麻也とハンサムは密かに目と目を合わせた。
「尾之多君は、その石の事を知っている人が、尾之多君の写真を持っていたとかで、彼も石の事を知っているのでは、と、疑われたらしいです。で、どうやら前の事件とも関係があるらしいから、注意しろって、暗号のメールをくれたんです。月影さんにも伝えておいてほしいって」
「前の事件と言うと、麻也さんの誘拐事件ですか?」
「そうです」
「と、いうと、誘拐事件にもCIAが係わっていた、という事になりますね」
「・・・。あなた、意外と鋭いですね」
「ふふっ。これでも外科医ですから」
外科医とどう関係があるのか、僕にはどうもよく分からない。
「しかし、誘拐事件にCIAとは。FBIの方がまだ分かりますが」
「僕等にもそこら辺の真実はよく分からないんですよ。月影さんが迷子になった時、CIAの係わる事件に巻き込まれて、それで麻也さんまで巻き込まれたんですが、月影さん自身、何のために巻き込まれたのかよく分からないような状況ですから」
「ふ~ん、そうなんですか」
と言って、蓮河さんは僕を見た。僕の脇の下に冷や汗が流れた。カプセルの事は秘密中の秘密だから、誰にも話さないようにと、尾之多君や矢城刑事さんに言われている。麻也は知っているけど、森岡君は知らないんだ。
「尾之多君という人は、誘拐事件とどういう関係だったのですか?」
「彼も麻也さんにプロポーズしたい一人だという事ですよ」
森岡君があっさりと言った。
「そうなんですか? まだまだ何か隠し事だらけに見えますが」
「でも、知っておくべき事は言いましたよ」
「分かりました。ありがとう。僕も注意します。プロポーズのライバルがこれで三人になったという事ですね」
ガーン!! 僕はそれを聞いて、また、頭の中が半分白くなった。でも、尾之多君は・・・。
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