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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈17.陽の使者 その1〉

 通りから外れた道の片側に止めてある自動車の中で、仮眠している設楽怜侍の耳元のイアホンから、突然大きな厳しい声が響いて、設楽は目を覚ました。

「〔猫〕が〔烏〕にさらわれた! 追尾しろ!」

 慌てて起き上がった設楽が、車の中に設置されている探知機をチェックすると、緑色の光点が速いスピードで移動している。車のエンジンをかけ、後を追うように走らせる。走りながらハンズフリーのマイクに話しかける。

「手は幾つ来る?」

「二つ。一つは〔烏〕の前方から回り込む。もう一つは5キロ先で併走する。港に追い込む」

「了解」

 設楽に連絡をした人物は、さらに別の場所に電話をする。

「〔網〕より〔巣〕へ。そちらの様子はどうだ?」

「〔紋章〕に連絡をしている様子だ。他に異常は無い」

「引き続き、業務を頼む」

「了解」

「〔鈴1〕より〔網〕へ。〔烏〕がもう一羽現れた」

「同じ種類か?」

「そのようだ。併走車が阻止されている。応援頼む」

「了解。〔網〕より〔岩〕へ。手が足りない。あと二つばかり回せるか?」

「何とかしよう。今、どこだ?」

「場所は、港の西北西を南に移動中。二羽の〔烏〕を追尾中。右のテールランプが目印だ」

「了解。一羽の阻止は任せておけ。橋の所でブロックする」

「了解。〔網〕より〔鳩〕へ。〔烏〕を港に追い込む。〔猫〕の奪還を頼む」

「こちらは〔鳩〕、了解」

 人知れず、深夜の道路上でカーチェイスが繰り広げられていた。道路の所々に設置された交通監視カメラを気にしながら、さり気なく行く先を邪魔しようとする。目立ちすぎるカーチェイスが後々面倒になるのは、追う方も追われる方も同じだ。

「〔鈴1〕より〔網〕へ。三羽目の〔烏〕が現れた」

「了解。〔鳩〕を三羽用意した。〔鈴2〕が復帰。じき合流する」

「了解」

「〔巣〕より〔網〕へ。〔飼い主〕が動いた」

「ガード頼む」

「〔巣〕より〔網〕へ。〔飼い主〕が女性と接触。正体は不明。危険性は無いように見える」

「女性の正体を探れ」

 やや離れた屋根の上に、暗闇でも見える望遠鏡で、麻也の様子を見張っている男がいる。もうひとり、麻也からかなり離れて物陰で気配を隠すように後を追ってきている男がいた。その男は、屋根の上の男から連絡を受けて、女性の方の後を付けて行く。屋根の上の男はそのまま麻也の様子を窺っていた。

「〔巣〕より〔網〕へ。〔飼い主〕が正体不明の男性と接触。知り合いのようだ。こちらも危険性はなさそうに見える」

「会話の傍受は? 正体を探れ」

「遠すぎる。近寄ってみる」

 静かに気づかれないよう屋根の上を這っていく。しかし、会話を聞き取れるほどの距離に近づくことは出来ない。会話が終わって、男が立ち去ろうとすると、〔網〕に指示を仰いで、その男の行き先を見極めようとした。しかし、公園の所で見失ってしまった。

 まさか! こんな視野の広い所で、巻かれたのか? ありえない。一体何処へ行ってしまったんだ。何時やってきたかも分からなかった。あいつは何者なんだ。

 と、その時、女性の後を追って行った者から連絡が入る。

「なに? そっちも見失ったのか? 気づかれたのか? 我々をまくなんて、一体あいつらは何者なんだ」

 屋根の上の男は、状況に納得できないまま、〔網〕に一部始終を報告すると、麻也の後を追いつつ、幸坂家から少し離れた所にあるマンションの、高みの一室に戻った。望遠鏡を覗き込み、幸坂家と辺りを見張る。

「〔鈴1〕へ。奪還に成功した。受け渡しを頼む」

 設楽はハンサムの身柄を受け取ると、どう説明するかの指示を受けた後、車で幸坂家に向かい、ハンサムを受け渡した。

 翌朝目覚めたハンサムは、麻也の腕がしっかりと自分の首に巻きついているのでびっくりした。見ると、麻也の頬には涙の跡が付いている。

「麻也! 一体、どうしたの?」

「ハンサム! 大丈夫なの?」

 ハンサムに揺すぶられて目覚めた麻也が、心配そうにハンサムの顔を覗き込み、お互いに顔を覗き込むような感じになる。

「うん。僕は別になんともないけど・・、麻也、泣いていたの? 何があったの?」

 指で麻也の頬の涙の跡を拭くように撫でる。撫でるハンサムの手の上に自分の手を重ねて、目を潤ませる麻也。ハンサムは重ねられた麻也の手を握ろうとして、自分の手首に、ロープで縛られていたかのように、赤く擦れた跡が付いているのに気がついた。

「あれ? これ、どうしたんだろう?」

「昨日の事、覚えていないの?」

「昨日? あっ! 麻也! 誰かに後を付けられたって。あれから何かあったの?」

「ううん。何かあったのはあなたの方よ」

「え? あ、そう言えば、昨日、学校を出て、麻也に電話をしなくちゃと思っていて、急にすごく眠くなってきて、それから・・・僕、どうやって学校から帰ったんだろう?」

 麻也は昨夜ハンサムの身に起こった出来事を話した。

「ごめんなさい。僕、麻也に心配かけてたんだね」

「ううん。わたしの方こそごめんなさい。辛い目にばかりあわせて。わたしが月の石に願い事を叶えてもらおうとしなければ・・」

「麻也! 僕は、人間になった事、人間でいられる事、少しも嫌だって思っていないよ。ううん。人間になれて良かったって思ってる。だって、人間になれたからこそ、大好きな麻也を抱きしめる事が出来るんだもの。麻也は僕が猫に戻った方がいいって思うの?」

「いいえ。いいえ」

 首を振りながら、それでも涙が止まらない麻也の頬を、ハンサムは優しく撫でて、涙を拭った。

「僕、何があっても、ずっと人間のまま、麻也の側にいたい。だから、もうそんな風に考えないで。泣かないで。麻也は僕にいい事をしてくれたんだから」

「ハンサム」 

 ハンサムの胸に顔を埋める麻也の肩が、小刻みに震えるのを、優しく包み込むように抱きしめるハンサムだった。

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