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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈14.スパイのABC その2〉

「それで、〔月の石〕の分析はどのくらい進んでいる?」

 研究室を訪れたクレインは、調査の報告を待っていた。

「粉になった方の解析は終わりました。今までに見つかった地球上の岩石に比べて、異常に多くの貴金属を含んでいる事は分かりましたが、その他の点で特に変わった所は見られません。石の方はX線等による解析や、外面からの物理学的な調査は済んでいますが、なにしろ、壊すわけにはいきませんので、難航しています」

「うむ。数があれば良いのだが、捜索の方も難航しているからな」

「いっその事、願い事を叶えてみればいいのではありませんか? もっと石が増えるようにと」

「それは見つかった時点で実験済みだ」

「えっ、やってみたのですか?」

「叶わない願い事もあるようでな。説明書の通り儀式をやってみたが、石は粉々にならず、石の数も増えなかった。儀式が間違っていたのではないかと、もう一度やってみたが、やはり増えず、石が粉々にならなかったため、無理だったのだろうと思われる」

「もしかすると、一度それをやってみた時点で、願い事が叶う石の力がなくなっているという可能性もあるのでは?」

「わからん。が、しかし、その粉になった方の石の持ち主の言い分では、二度目の願い事で叶ったという事だ」

「それはどのような願い事だったのですか?」

「一度目は亡くなった母親を生き返らせるよう頼んだらしい。二度目は宝くじを当ててもらったという事だ」

「なるほど」

「石は翌朝粉々になり、宝くじは当たりの番号に変わっていたと言う」

「変わっていたと言うと、当たりが二枚になったという事ですか? もしかして偽造の言い訳では?」

「いや、そうではないらしい。券を調べたが、偽造の可能性はないそうだ。もう一人いたとしても、まだ、当選金を貰いに来ていないそうだ。従って、当たった者がすり替えた可能性もない訳ではない」

「で、当選金は支払われたのですか?」

「そうだ。む!」

「すみません。では、この石が願い事を叶えるという証拠はあるのですか?」

「その目で見てみるか?」

 調査員は実験施設の地下深くに連れて行かれた。その一角に、厳重に警備されている、動物の保護施設とも思われる部屋があった。

 部屋の中はコントロールルームと保護施設に区切られていて、コントロールルームから保護部屋の中を見る事が出来た。

「こ、これは!!」

「彼は自分の羽で空を飛ぶ願い事を叶えてもらったのだそうだ」

 上半身裸の少年の肩甲骨の辺りから、天使の羽のように、白い大きな翼が生えていた。胸が鳩のように膨らんで、肩口から胸にはダウンのように小さな毛が生え、鳥と人間のキメラのようだった。

「海上を飛んでいる所を、たまたま偵察飛行していた艦載機が見つけ、軍が捕獲した者だ。石によって願い事を叶えてもらう前までは、普通の中学生だった事も調査済みだ」

 鳥人間になった少年が、観察窓の方に悲しげな目を向けた。折角得た自由の翼は使うことも出来ずに、虜となって、実験や観察の対象となっているのだ。ただ、真っ直ぐなその目の光は、人間としての誇りや尊厳を失っていないように見えた。

「家族はこの事を?」

「行方不明という事になっている。〔月の石〕の事が知れて、世間を騒がす訳にはいかない」

「近々、二個目が来るという事でしたね?」

「ああ」

「それでは、石を少し削って調査する許可を申請したいのですが」

「分かった」

 神那崎樹菜に国際電話が掛かってきた。受話器の向こうから聞こえる博行の声に、樹那は懐かしい想いの響きを隠さずに話す。

「それで、研究の方は進んでいるの?」

「ああ。殆ど終わった。もう最終段階に入ったよ」

「凄いわね。そんなに早く」

「天才と呼んでくれてもいいよ」

「ふふふっ。ヒロ君が天才だって事は前から知っているわよ。でも、心配だわ。他の人に研究を取られたりしたら」

「大丈夫、問題ないよ。猫の様子はどう?」

「元気にじゃれているわ。鈴もちゃんと付いているし。でも、最近、周りにいろんな犬がうろついていて心配だわ」

「どんな犬?」

「ポインターやドーベルマン。ボクサードッグまでいるわ。この間なんか、ダルメシアンに吠えられてびっくりしてたみたい」

「飼い主が怖いと、追い払うのも難しいね。ちゃんと見張っていてよ」

「分かっているわ」

「この間、たまたまディックに出会ったよ。彼の仕事の話を聞かされた。大変な仕事だね」

「そちらで重要な会議があるって聞いているわ」

「会議以外にもパーティに出席していたよ」

「それは知らなかったわ。あなたもパーティに出席したの?」

「彼に誘われて出席する事になったけど。僕はパーティは得意じゃないからね。ちょっと顔を出しただけ」

「そう。それはご苦労様」

「最近、僕、ホームシック気味でね。近いうちに日本に一時帰国するかもしれない」

「お家の人が喜ぶかもしれないわね」

「研究ノートは持っていくつもりだから、実験室を貸してもらえるとありがたいな」

「用意しておくわ。じゃ、またその時に電話してね」

 神那崎樹菜は受話器を置いて、冬の風が吹きつける窓ガラスの方に顔を向けた。花水木の枝がしなって、震えているのが見えた。

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