« ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈12.プロポーズのABC その2〉 | トップページ | ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈14.スパイのABC その2〉 »

ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈13.スパイのABC その1〉

 アメリカ、マサチューセッツ、ボストンの郊外にあるアパートで、尾之多博行は久しぶりにシャワーを浴びていた。普段は殆ど研究室に泊り込みのような状態だが、一段落着いた昨夜、ゆっくりと眠った後のシャワーだった。

 ふと、何者かが部屋に侵入しているような気配に、流れるシャワーはそのままに、側に置いてあった太刀もどきを手元に引き寄せ、腰にタオルを巻いた。

 何者かはシャワー室のノブをゆっくりと回して、博行に気づかれないように近づき、銃を構えてシャワー室のカーテンを開ける。と、振り下ろされた太刀に利き腕を折られ、うずくまった所に喉元に太刀を突きつけられた。

「何者だ?」

 と、開いたドアの向こうに動く人影が見えた。うずくまった男に突きを加えて気絶させると、ドアの陰に隠れて様子を見る。銃を持った腕が突き出されると、その腕を折り、引き続いて肩口に太刀を振り下ろして二人目を気絶させた。仲間が倒れるのに気づいたもう一人の侵入者が、叫んだ。

「おとなしく手を挙げて出て来い。お前は囲まれている」

 博行はシャワー室の窓を開けると、そこから外に出る。4階の窓のすぐ下には辛うじて歩けるだけの出っ張りがついている。そこから二つ隣の部屋の開いている窓へ入ろうとした。

 猫を膝の上に置いて、テレビを見ながら、コーヒーを飲んでいる太った婦人が、窓から入って来た殆ど全裸の博行を見て、勘違いを含めた悲鳴をあげた。それを無視して、博行は入り口のドアに向かう。

 博行がドアから出るのと殆ど同時に、その婦人の窓から追手の一人が入り込んできて、婦人は再び悲鳴をあげた。

 ドアから出た博行は、ドアの影で追手を待ち、出てきた所を太刀で叩きのめすと、階段を一足飛びに下へと降りる。階下で待ち構えていた一人が、降りてくる博行に気づき、銃を向けた。が、投げられた太刀に銃を飛ばされた。ところへ、博行が顔面に飛び降りる。倒れた相手に当て身を食わせると、太刀を拾ってエレベーターに乗り込んだ。4階に戻ると、自分の部屋の様子を窺った。

 誰も出てくる気配が無いのでそうっと入る。風呂場に倒れた二人はそのままだが、他に人影は無い。足を洗って服を着る。身なりを整えて、携帯電話で警察に電話をかけ終わると、コーヒーを一杯入れて飲んだ。

 それから、朝食のための冷凍のハンバーガーを電子レンジにかけ、冷蔵庫から野菜ジュースのビンを取り出すと、ドアをノックする音がした。

 ドアの覗き窓から警察手帳を確認して、ドアを開けると、警察官の後ろに、三人の男が銃を構えて立っていた。その中の一人は顔面に足跡が付いていた。

「全く、あんなひよっこ一人連れてくるのに大の男が四人がかりで、三人も大怪我させられて、応援まで動員するとは、何という事だ!」

「申し訳ありません。まさかの油断でした。警察にはこちらの事情を説明しておきましたが、あまり長く引き止めておくのは考え物かと」

 CIAのヨーク・ディモンが尋問室ともとれる一室に入ると、博行がハンバーガーと野菜ジュースの朝食を取りながら座っていた。

「随分と乱暴な出迎えをしてくれたね」 と、博行に話しかける。

「どっちがですか?」

「留学生だそうだが、すごい腕じゃないか」

「日本では、剣道は男のたしなみです」

「傷害罪で訴える事も出来るんだぞ」

「アメリカって正当防衛の国でしょう? 大体、声も掛けずに部屋に入って来て、銃を向けられたら、強盗と間違えても仕方ないでしょう」

「む。まあいい。何故連れてこられたか分かっているな?」

「何故? 分かりません。僕はただの留学生だから」

「マイク・モーガンと知り合いだったな?」

「マイク・モーガン? さあ、知りません。どういう人ですか?」

「とぼけるな! モーガンがお前の写真を持っていたんだ」

「写真? どんな?」

 ディモンが写真を机の上に置く。視線を向けてちらっと見る。

「この写真を誰が持っていたか知りませんが、僕は関係ありません。勝手に盗撮した者がいるって事じゃないですか?」

「モーガンは死んだよ。2日前の事だ」

「それはお気の毒に」

「彼はCIAのエージェントだった。彼が捜索していたのは、」

「そこからは、わたしに代わってもらえないか?」

 ドアが開いて、ディック・クレインが入って来た。

「君か。いいだろう」

 ディモンは部屋を出て隣の部屋に入り、マジックミラーになっている裏側の覗き窓から観察しようと、椅子に腰掛けた。

「ディック。どうしてあなたがここに?」

「これがわたしの仕事の一つでね」

「あなたはCIAの職員だったんですか?」

「そうだよ。わたしの仕事は情報収集の方だがね」

「スパイなんですか!?」

 博行は驚いて見せたが、実は樹菜から聞いて知っていた。

『本当はね、話そうかと思っていたの。結婚した時にね。でも、話したらやめろって言われそうで、先延ばししてたの。そのうち、彼がCIAの諜報活動をしている事を知ってしまって、言えなくなって。わたし達の組織はCIAと敵対している訳ではないけど、組織の事を知られるのは困るのよ』

『僕に話して大丈夫なの?』

『ふふふ。君はこうと決めたら口が裂けても言わない人でしょ。お互いに知らない秘密を持っているどうしの恋も、秘密を共有する者どうしの恋も、どちらも素敵だと思わない?』

 そう言って、首筋を愛撫しながら手を回してくる樹菜の感触を博行は思い出していた。

「今時、スパイなんて言い方は流行らないよ。情報収集員と言いたまえ」

「樹菜はその事を知っているんですか?」

「いや、知らないはずだ」

「僕が話したらどうしますか?」

「君はそれを誰か他の者に話すほどバカではないと、私は思っている。話せば、樹菜も紗矢も巻き込む事になるかもしれないからね」

「どうして、僕に正体を明かすような事を?」

「協力してほしい」

「事と次第によります」

「いいだろう。我々は〔月の石〕という物を追っている。聞いた事があるか?」

「NASAが持ってきた月の石の事なら大抵の人は知っていますよ」

「その月の石の事ではない。この世界の存在そのものを脅かすほどの力を持つと思われる、武器ともなりうる〔月の石〕の事だ」

「いいえ、それは初耳です」

「そうか。〔月の石〕と言うのは日本で発見されたと考えられる。モーガンが何者かに殺害された時、彼は君の写真を財布の中に入れて持っていた。君が留学してきた時期とモーガンが日本からアメリカに戻った時期が重なっている。何か質問は?」

「いいえ。すべて偶然だと思うだけです」

「君が日本にいた時にある事件が起こった。何者かが〔月の石〕を使って武器の設計図を手に入れ、それを某組織に売って金儲けをしようと企んだんだ。その時、その事件に絡んだ幸坂麻也の誘拐事件の事は知っているだろう?」

「あの事件には〔月の石〕が絡んでいたのですか?」

「そうだ。幸坂麻也は君の同級生だな。そして、月影ハンサム、ふざけた名前の奴だが、君も知り合いだろう?」

「知り合いという事ならそうですが、彼らが〔月の石〕の事を知っているとは思えません」

「月影の正体は不明のままだ。なんらかの秘密組織と関わりがあると思っている」

「くくっ」

「なんだね?」

「いえ、失礼しました。彼はただの〔のほほん〕ですよ。そんな事はありえない」

「〔のほほん〕とは何だ?」

「天真爛漫、悪意とは縁のない者の事です」

「我々の立場としてはそう簡単に言い切れないのだよ。彼が一つの手掛かりだからね。記憶喪失の裏に何かがあるのではと睨んでいる。が、一年半の調査では空振りだった。で、君に白羽の矢を立てたという所だ」

「僕に彼の事を探れと?」

「そうだ」

「無理ですよ。後一年こちらにいる予定ですから」

「モーガン殺害との関連を否定できない以上、協力してもらうしかない」

「殺害事件の時の証明がですか? 僕は殆ど研究室に閉じこもっていましたからね。研究の仲間もいたし、もう調べは着いているんじゃないですか? 関係ないと」

「モーガンは優秀な奴だったが、ゲイの趣味があってね。君の写真を持っていた理由を調査中だ」

「調べれば分かる事ですが、僕とは関係ありません。盗撮まで責任持てませんよ」

「この世界では未だ力が支配しているという事を、君も知っていると思うが。彼との関係が出てくる可能性は否定できない」

「イエスしかないという事ですか?」

「もちろん、君の立場も考慮して、すぐに日本に帰れとは言わないがね。ところで、何故、聞かないんだね?」

「何をですか?」

「〔月の石〕の事だよ。普通なら詳しく聞いてきても不思議はない」

「ははは。知らない方がいいみたいな事が多い世の中ですからね。今後の為に防御線を張っただけです」

「そうかね? だが、重要な事だから知っておいてもらう事にしよう。〔月の石〕というのは願い事を叶える石だ。〔ガチャガチャ〕という玩具の器械を利用して販売されていたと思われる」

「えっ? 願い事を叶える石ですって? 〔ガチャガチャ〕ですって?」

 爆笑する博行を静かに見守るディック。

「笑い事で我々が捜索をすると思うかね?」

「では、本当に願い事を叶えるという証拠でもあるのですか?」

「そうだ。証拠の映像を見せても構わないが、見るかね?」

 ディックがマジックミラーになっている鏡の方に合図をすると、しばらくしてドアが開き、ノートパソコンを持ったディモンが入って来た。

 パソコンの中に入っている映像を見た博行の顔が引き締まる。

「まさか! これが」

「そうだ。願い事を叶えてもらった結果だよ」

「先程は失礼しました。あまりにも現実とかけ離れていましたので」

「だからこそ、厄介な事件なのだよ。このような力を持つ石が、他にもいくつも実在するという事は、世界の秩序を乱す元になる」

「他にも、と言いますと、石はすでに何個か手元にあるのですか?」

「そうだ。全力を挙げて捜索しているのだが、現在、我々の手元にあるのは一つだけだ。近々二つ目が手に入る事になっている」

「持っているという事は、どのように願い事を叶えるのか、研究もされているという事ですね?」

「ああ、ネバダにある研究所で分析中だ」

「それで、分かったのですか?」

「いや。まだ、途中だ」

「このような石を作ったのが何者なのか、検討はついているのですか?」

「何らかの組織が絡んでいると思われるが、見当もつかない。我々だけでなく、他国も石の事を嗅ぎつけて情報収集を始めたらしい。それで少々焦っているんだよ。協力してもらえるかね?」

「分かりました。と、言うしかなさそうですね」

「引き受けてもらってありがとう。定期的にでもメールや電話のやり取りをして、友好を深めるよう努力してもらいたい。機会があれば、〔月の石〕や、〔ガチャガチャ〕についての情報も頼むよ。またそのうち連絡する」

 博行に手を差し出して握手すると、ディックはドアを出て行った。

|

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く