« ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈15.月の使者 その1〉 | トップページ | ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈17.陽の使者 その1〉 »

ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈16.月の使者 その2〉

 紳士は真っ直ぐに〔ガチャガチャ〕の器械の所に行くと、器械をマントの中に隠した。器械はマントの中に隠されると、マントに吸い込まれたように、形を失っていった。紳士は麻也に気がつくと、紳士の方から麻也に話しかけてきた。

「これは、これは。いつぞやのお嬢さんですね」

「わたしを覚えておられるのですか?」

「はい。願い事は叶いましたかな?」

「あの、あなたは一体何者なのですか? 何処から来たのですか?」

「わたしはユール、探求者です。遥か彼方の地、ヴォルーラから来ました」

「ヴォルーラは月に関係のある場所なのですか? 〔月の石〕はどうやって願い事を叶えるのでしょう?」

「いいえ、月には関係の無い場所ですよ。各地には各地の状況に合わせて形を変える事になっています。〔月の石〕という形を使うのが、この地では適当と判断されたのです。願い事を叶える方法には、ミュウ係数と、デュール分子学的変数による位置変換法の応用技術が、主に使われています。変換による空間の歪みの許容範囲によって、叶う願い事の範囲も限られるのですが、この世界の物質の変換に係わる願い事であれば、大抵の願い事が叶うようになっています」

「どうしてこんな事をしているのですか?」

「それは、今はお教えできません。もし、貴女に月の幸運が微笑みかけるようでしたら、いつか、お教え出来る時が来るかもしれません」

「わたし、猫を人間に変える願い事を叶えてもらったのですが、その変身した人を好きになってしまったんです。でも、その人と一緒になると、この世界が壊れる、と言った人がいました。わたしの願い事は叶えてもらってはいけない事だったのでしょうか?」

「叶ってはいけない願い事は、叶わない事になっていますよ。叶ったのなら問題はありません。貴女の心のままに進みなさい。月の幸運に出会えるかもしれませんよ」

「月の幸運とは、どういう事なのですか?」

 紳士は、白い手袋をはめた右手の人差し指を口元にあて、しばらく考えた後で、ゆっくりと口を開いた。

「この世界を離れて、ヴォルーラに来る勇気はお持ちですか?」

「この世界を離れて・・・?」

「そうです。はるか時空を超えた世界ヴォルーラへと。戻れる保証はありませんが、総ての謎の訳を知りたいのがお望みならば、お連れしましょう」

「いいえ。わたしはこの世界で、好きな人と穏やかに暮らしたい。それがわたしの望みです」

「そうですか。今が最後のチャンスになると思いますが、よろしいのですね?」

「最後のチャンス、と言いますと、もしかして、もう月の石を持って来ないという事ですか?」

「お察しの通りです。今回のわたしの役目は終わりました。後はジュムルが発動する様子を観察するだけです」

「ジュムルが発動する? 願い事によって地球が壊れたりしませんよね?」

「それは、発動のあり方によって決まる事です」

「では、壊れる可能性があるという事なのですか?」

「貴女の属する世界自体がその可能性を内包する世界です。人々の願いによって世界が動かされるのなら、可能性自体もまた、流動するものではありませんか?」

「おっしゃるとおりです。でも、〔月の石〕のような存在は、この世界ではイレギュラーなのではありませんか? そのような物を持ち込むべきではなかったのではありませんか?」

「それは、わたしが決めた事ではありません。わたしは自分の使命を全うしただけです。でも、イレギュラーがレギュラーを補完するのが、この世界の成り立ちなのかもしれませんよ。それを見届けるのもわたしの運命ですが。そろそろ行かねばなりません。通路が閉じてしまうと帰れなくなってしまうので」

「いろいろと教えていただいて有り難うございました」

「では、貴女の望みに幸運を」

 うやうやしく礼をすると、紳士は公園の方角に歩み去って行った。

 家に戻った麻也が、眠ることも出来ず、連絡を待っていると、夜更けの家を訪う者があった。用心しながら玄関を開けると、設楽が立っていた。

「月影君をお連れしました」

「えっ? ハンサムを?」

「はい。車の中で眠っています」

「どういう事なんですか?」

「どうやら睡眠薬を飲まされたようです。学校から出た所で、ふらついている所を拉致しようと企んだ者がいたのですが、奪還しましたから大丈夫です」

「車の中ですやすやと安らかな寝顔で眠っているハンサムを、自分の目で確かめると、麻也の体から急激に力が抜けていくようだった。

1_2

|

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く