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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈18.陽の使者 その2〉

「行ってきたわ。本当にこれで良かったの?」

 都市の外れにある森の中。短髪のエキゾチックな雰囲気を持つ女性が、森の中心部にある楠木に話しかける。辺りに人影は見えない。

「ご苦労だった。誰かに後を付けられなかったか?」

「付けようとした奴がいたけど、巻いてやったから大丈夫よ」

「そうか。では、その石の使い方を教えよう」

 説明をひととおり聞き終わると、

「使い方は分かったわ。あの・・・、ところで、桐本の事なんだけど、彼は今、無事でいるのかしら?」

「お前を人間に変えた若者の事だな。大丈夫だ。彼は望みが叶った事をまだ知らずにいるのであろう?」

「ええ。目が覚める前に抜け出してきたから、願い事が本当に叶ったかどうか、まだ知らない筈だわ」

 女性は思い返していた。あの日、桐本の願いによって人間に変わった時の事を。元々、桐本に近づいたのも、彼を〔月の石〕の所に導いたのも、その為だったのだ。だが、変身した後まで彼の所にいるつもりは、最初からなかった。悪く言えば、彼を利用して人間に変身する願い事を叶わせたのだ。しかし、彼の無事は気になっていた。

「それならば、そこら辺をうろついている犬どもに見つかった所で、たいした情報源にはならぬ。せいぜい、石の粉を取られてしまうくらいのものだ。危険な目に遭う事はないだろう」

「そう。良かった」

 変身して、桐本の所を飛び出した彼女は、森の中で声の持ち主に出会った。声の持ち主は、彼女の正体を知っていた。それだけではなく、彼女が人間に変身しようとした事まで知っていた。彼女は、声の持ち主に説得され、運命に導かれるまま、声の持ち主の言葉に従い、行動する事になったのだった。

「では、これを渡しておこう。これから必要な物がひとそろえ入っている。くれぐれも、先ほどの説明を忘れるでないぞ。行動は予定通りに運ぶのだ。良いな?」

 洞の中から大きなバッグを持った手が差し伸べられ、バッグが地面に置かれた。女性はそのバッグを手に取ると、中身を確認した。

「本当に、向こう側で彼と出会えるのですね」

「そうだ。向こう側で結ばれる運命なのだ。ジュムニよ、必ず使命を果たすが良い」

「分かりました。行きます」

 女性はその場を立ち去った。立ち去った後の洞から、ゆらりと人影が現れた。長い白髪と銅色の杖。杖の頭部には鈍く七色に光る奇妙な宝石が煌いていた。

 白いマント姿の仙人のような雰囲気の老人は、ゆっくりと、都市の方角へと歩を進める。

 老人は通りを進むと、とある建物の前で立ち止まった。中に入り、エレベーターで7階へと登る。その階のCSS商事と書いてあるドアをノックすると、中から、秘書をしている神那崎樹菜がドアを開けて出迎えた。

「お待ち申しておりました。どうぞ奥へ」

「うむ」

 樹菜が控え室で机の引き出しの中の隠しボタンを押すと、通常の応接室の書棚が両側に開いて、奥の部屋へと道が出来る。道の突き当たりの部屋の中で、何人かの男達が、丸い机の周りに輪になって立っていた。一つだけ空いている席に座るよう、老人に勧められる。

 老人が着席すると皆が席に着き、待っていた男達のうちの一人が話し出した。

「ここにいる者達に、もう一度あの話をお話願えませんか?」

「うむ。〔月の石〕は、我々が〔月の使者〕と呼んでいる異世界の者達が、この世界に持ち込んだ物体である。〔月の石〕は、何らかの方法で異世界と繋がっている、高エネルギー体であると推測されるが、詳しいことはまだ分かっていない。〔月の石〕は使い道を誤れば、この世界のバランスを崩すほどの危険な力を持っている。現在、この世界に6個ほど存在すると思われる。その中の1個がアメリカに、もう1個がユーラシアにある国の手に渡っていると思われる。お主等が見つけた1個を含めて、3個の行方は不明である。残りの1個は我々の手中にある」

「質問をしてもよろしいですか?」

「うむ」

「あなたは一体何者なのですか?」

「お主等と同じように平和を愛する集団の長老の一人と言っておこう。〔月の石〕を持ち込んだ者達を〔月の使者〕と呼ぶならば、我々を〔陽の使者〕と呼ぶがよい。我々は共に手を携えるために、お主等と接触する事にしたのだ」

「〔月の使者〕という者達が異世界から来たと言われましたが、どうやってその事を知ったのですか?」

「彼奴等の仲間が異世界から侵入しようとしている所にたまたま出くわしたのだ。彼奴等の仲間の一人を捕まえて、石の事について詳しく聞こうとしたが、結局、途中で逃げられてしまい、僅かな情報しか手に入らなかった」

「異世界からどうやって侵入しようとしていたのですか?」

「うむ。我々にもよくは分からん。何も無い空間から、いわゆるテレポートでもしてきたように現れたのだ」

「超能力者ではなかったのですか?」

「その可能性は捨てられない。何も無い空間から石を出す器械を取り出した所を見ると、異空間を操る術を持っていると思われる」

「〔月の使者〕達は何故、〔月の石〕を持ち込んだのでしょう?」

「その真の目的は我々にも分からない。が、〔月の石〕の性質を考えれば、この世界を混沌に陥れ支配するためなのか、それとも自ら消滅させるのが目的ではないかと想像される」

 男達の間にかすかなどよめきが起こる。

「しかし、我々人類はそれを阻止できる理性と行動力を持っている筈だ。お主等が見失った〔月の石〕の行方はどうなったのだ?」

「それが、全力を挙げて捜索中なのですが、なにしろ、各国の調査員が入り乱れて必死になっているので、なかなか思うようには捜索できていません。あなた方のほうはどうなのですか?」

「現在、不明のうちの2個を追跡中だ。近いうちに手に入る所まできている」

「それで、あなた方はそれをどう使うつもりなのですか?」

「不条理な異世界からの干渉から、あるいは超能力者どもの暴挙から、この世界を守るために使うのが、最上と考えている。今は手に入れる事が優先されている」

「是非とも手を取り合って、私達の世界を守る為に使いましょう」

「うむ。手に入れた暁には連絡しよう。お主等の方も手に入れ次第、連絡を頼む」

 男達の代表が老人と握手をし、老人は帰っていった。

「ただいま」

「おかえりなさい。向こうはどうだった?」

 夜も更け、辺りが寝静まった頃、博行が樹菜の家を訪ねてきた。

「研究室にこもりきりで、まだ自由の女神も見ていないよ。紗矢は?」

「元気よ。もうぐっすり寝ているわ。ディックは?」

「海の向こう側だよ。近いうちにもう一つお目見えするらしい」

「まあ、どの一つなのかしら。この間、また〔陽〕が差したわ」

「どんな具合?」

「協力してこの世界を守るために使いましょうって」

「ふーん。すごいね。どこかにありそうな映画みたいだ」

「それで、研究は完成しそう?」

「プラモデルのように簡単にはいかないな。要素が一つ足りないし。でも、まがい物くらいは出来るかもしれない」

「そう。頑張ってね」

「これ、お土産。紗矢にも渡しといてくれる? じゃ、今夜はもう遅いから、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 博行の乗った車の後姿が消えていくのを見送ると、樹菜は眠っている紗矢の所に行った。枕元にお土産を置くと、紗矢の寝顔を見つめて微笑んだ。

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