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2008年5月

ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈22.月の石の力 その2〉

「月影、これはオフレコにしておくから、正直に答えて欲しい。お前、まさか、異世界から来たんじゃないよな?」

 突然、思い詰めたような目でハンサムを見ながら、博行が聞いた。

「違うよ」「違うわ」 ハンサムと麻也が同時に叫ぶように言う。

「そうか。それならいいんだ」

 半ば、自分自身を納得させるような調子で、博行が言うと、ハンサムと麻也は、秘密がばれてしまうような不安に捕まった。

「ふむ。記憶喪失というのは問題だな。あれから何も思い出さないのかい?」

「はい。ごめんなさい」

 視線を下に向けて、うなだれたようになるハンサム。

「謝らんでもいいが・・。思い出せないものは仕方がないからな」

 それが一番の問題点なのかもしれないと思い、矢城はこりこりとこめかみを掻いた。

「異世界の人の事、一体どうしたらいいのでしょう?」

 麻也が困りきった様子で聞く。

「うむ。おそらく、話しても誰にも信じてもらえんだろうな。異世界とか、空間の通路とか。もし、信じてもらえたとしたら、パニックを起こす事にもなりかねない。取り敢えず、石がある事は、まだ秘密にしておいた方がいいだろう。石がある事が分かったら、どんな集団が来んともかぎらんしな」

「そのユールは、誰かに命令されて〔月の石〕をこの世界に持ち込んだと言ったんでしょう。命令した奴がどういう目的で、この世界に石を持ち込んだかが、問題ではありませんか?」

 博行が矢城に問いかける。

「む。そうだな。持ち込まれた石には世界に混乱をもたらす能力がある。混乱をもたらす目的というのは、大体が二つに絞られるな」

 矢城は唸って、口をへの字に結ぶと、腕を組んで考え込んだ。

「秩序の乱れに乗じて征服しようとしているのか、それとも、今の今世界を、或いは文明を、内部から崩壊へと導こうとしているのか。人類の歴史から推測すると、どちらかと思われるのが普通ですよね」 と、博行。

「ほう? お前さんも他の目的かもしれないと思うのかい?」

 言外のニュアンスを読み取るのが得意の矢城が聞く。

「はい。異世界との通路が存在するとなれば、そんな物を持ち込まなくても、征服は簡単に出来るでしょう。壊すのもわけもない事だと思います」

「わたしもそう思うよ」 矢城が頷くように言う。

「幸せをくれる目的が、悪用されているだけじゃないの?」 と、ハンサム。

「ふふふ。お前のように考えられたら、長生き出来そうだな」

「わたし、ユールが、ジュムルがどう発動するのかを観察すると言ったり、イレギュラーがレギュラーを補完するのがこの世界の成り立ちかもしれない、と言った時、こういう事態を私達がどのように解決するかを見ようとしているのかしら、と、思ったんですけど」と、麻也。

「うむ。人類に試練を与えようとしているという事か。しかし、どんな高度な文明を持っている奴らなのか知らんが、神様気取りで人類を弄んでいるのは、気に食わんな。だが、訳の分からん通路の向こうでは、手も足も出んしな」

「同じ科学の法則が支配している世界なら、全くそうという訳でもありませんよ」

「そう言えば、お前さん、物理学者の道を歩んでいるらしいな。もしかしたら、その何とかいう法則の事を知っていたんじゃないかね?」

「どうしてそう思うのですか?」

「勘という奴だよ」

「ふふっ、刑事さんの十八番ですね」

「前の事件の時は不問にしたが、こうなってくると、どうしても聞き出したくなるね。〔月の石〕に関する情報を他にも知っているんだろう? 話す気にはならんか?」

「申し訳ありません。そのうち解決の糸口が見つかるかもしれませんから、その時に、考えさせてください」

「困った奴だな」

「いろいろと事情があるんですよ、僕にも」

「それで、今後の事なんですけど」 と、麻也。

「こうなったら、毒食わば皿だな。CIA以外にも動いているアルファベット組織があるようだから、おそらくは〔月の石〕に関する対策本部のような所があちこちにあるのだろう。日本の場合はどうなのか、ちょっと調べてみるとするか」

 億劫な重い腰を上げるように、矢城は決心したようだった。

「刑事さんのGOサインが出るまでは、すべてここの四人だけの秘密にしておこう。いいよな?」

「あの、実は、蓮河さんも、たぶん私が出会ったのと同じ女性に、出会ったと言ってました。もしかしたら、このニュースを聞いて、何か考えて見えるかもしれません」

 麻也は蓮河からの電話の事を伝えた。

「ちっ。あいつまで関わってくるとはな。麻也、今日の話をして、黙らせろ。正義感で突っ走られたら、はた迷惑だ」

「おい、おい、物理学者っていうのは、もっと穏やかな物言いをするんじゃなかったのかね?」

「刑事さんの前で失礼しました。でも、十人十色ですよ」

「わたし、蓮河さんに話して、お願いしておきます」

「この石は私が預かっておこう」

「いや、それは止めた方がいいですよ、刑事さん。そういう物には使ってみたくなる誘惑が付きまといます。月影のような者が持っているのが一番良いと、僕は思います」

「ふむ。なるほど。そうかもしれんな」

「刑事さんにまでガードをつけられませんしね」

「設楽とお前さんはどういう間柄なんだね?」

「月影のボディガードを頼んでおいた人です。正解だったでしょ?」

「ふむぅ。それだけかね?」

「はい」

「ったく、叩けば埃だらけの物理学者になりそうだの」

「刑事さんも僕に劣らず、埃を被っているんじゃないですか?」

「まさか! わたしはこれでも、仏のやっさんで通っているんだ」

「仏にも、牧師と同じで、知った懺悔の職業的守秘義務があるはずでは?」

「物理学者にはへらず口の素質も必要とみえる」

「麻也。仏とか、懺悔って、どういう意味?」

 ハンサムが麻也にひそっと聞く。

「気にしないでいいのよ。この二人の間の事だから。言葉遊びみたいなものなのよ、きっと」

 麻也がひそっと答えた。

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沙美依のモノローグ 2008.5.23

爽やかな五月もそろそろおしまいになりそうな雰囲気ですね。

緑陰カフェをするにも、蚊遣りが必要になってきました。

物語は、ちょっと理屈っぽくなってきた所で、辻褄が外れないよう、頑張っております。

梅雨になるまでには少し間がありそうです。

それまでは、木の葉を渡る風の音を楽しんでいたい、今日この頃です。

PS:〈So-netフォト〉も始めました。興味があったら、見に行ってみてください。

URL  http://pht.so-net.ne.jp/photo/summy/

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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈21.月の石の力 その1〉

「ヴォルーラか。そりゃあ、とてつもない話だな」

 と、矢城刑事。麻也はハンサムと矢城刑事と尾之多博行に、〔月の石〕を持ち込んでいた異世界の人に出会った事、聞いた事を詳しく話した。もちろん、母や他の家族には秘密で、四人だけの内緒話だった。

「ミュウ係数とデュール分子学的変数の位置変換方法の応用、そう言ったんだな?」

 博行が真剣な顔つきで聞き返す。

「ええ。空間のゆがみの許容範囲によって、叶う出来事の範囲も限られるそうです。でも、物質の変換に係わる願い事であれば、たいていの願い事が叶うと、言っていました。もしかすると、あの爆発は、誰かがそれを望んだために起こったのではないかしら」

「異世界との通路か。麻也ちゃんの話でなければ、鼻にも掛けられそうにない話だ。本当に幻を見た訳ではないんだな?」

「はい。はっきりと現実の事でした」

「で、その、〔ガチャガチャ〕で麻也ちゃんが手に入れた〔月の石〕は、今はどこに?」

「ハンサムが誰にも分からない所に隠してあります」

「見せてもらえるかな?」

 麻也は、一番初めに紳士に出会って〔月の石〕を手に入れた時の事だけを除いて、つまり、ハンサムに関係のある所だけを除いて、話したのだった。

 ハンサムが、台所の食物庫の隅から猫の餌の袋を持ってきた。餌の奥にカプセルが入っている。カプセルは二つに別れて、石と説明書が出てきた。

「ふぅむ。見た感じでは、特別な力をもっているとは思えんな。爆発物でもなさそうだ。満月の夜か。いかにもな感じなのだが、本当に願い事が叶ったりするものなのかねぇ」

 信じ難いように、手のひらの上で石を転がして、眺める矢城。

「それは確かですよ。僕は前に、その石を使って願い事が叶えられるのを、実際に目撃しました」

 博行が口を挟むと、驚いて矢城が博行を見る。

「なんと! お前さん、〔月の石〕を知っておったのか!」

「はい。僕が見た石はこれで二個目です」

「むぅ。それで、願い事が叶ったというが、真実だという証拠でもあるのかね?」

「具体的にはお教え出来ませんが、僕自身がこの目で確かめました。疑う余地の無い状況での出来事でしたが、もちろん、僕を信じるかどうかは刑事さんの自由です。でも、〔月の石〕を追っているらしいCIAや、月影を襲った集団も、その力を信じているからこそだとは思いませんか?」

 麻也は人知れず手をギュッと握りしめた。おそらく、〔月の石〕を追っている集団も、なんらかの願い事によって、真実を知っているのだ。ハンサムが追われるのも、その秘密を知っていると思われているためなのかもしれない。だが、石の力が真実である事を知っていても、その理由を話す事は出来ない。ただ、黙って成り行きを見守っていた。

 矢城は博行の目を真っ直ぐに見つめた。その中に真摯な光があるのを認めると、

「一体どうやって願い事を叶えたり出来ると言うんだね?」

「ユールの言う法則でしょうね。おそらく、異世界との繋がりからの、情報とエネルギーの流入が関係しているのでしょう」

「この石が異世界と繋がっているというのかね? 途方もない話だ。信じろと言う方が無理があるぞ」

 あらためて石を見る。堆積岩のようなその石は、矢城の困惑などそ知らぬ風だ。

「そうですね。でも、実際、物理学においても、次元という考え方を含む、我々の世界の成り立ちの謎自体が、まだ解かれていない、というのが真実ですから」

「そうなのか。うむぅ」

 それでもまだまだ半信半疑のように唸って、再び石に目を落とす。認め難い事ではあるが、現実の状況は、認め難い方向に進んでいるようだ。

「二個目か。そのヴォルーラから来たという、ユールとかいう紳士は、もうこれ以上〔月の石〕を持って来ないと言っていたんだったな?」

「はい」 と、麻也。

「すると、今までに幾つの石が持ち込まれたかが問題だな。しかし、どうして満月の晩にだけ持ち込んだのだろう?」

「そのユールの言動からの推測ですが、何らかの理由で、使われる数を制限するためではないでしょうか。もしくは、作られる数が限られているとか」 博行が解説する。

「その紳士に出会う前の事なんですけど、」

 麻也が口を挟んで、あの不思議な女性の事、女性から聞いた〔月の石〕の数の事を話した。

「ほう。一回に一個。すると、その女性は〔月の石〕を何度か手に入れようとした事がある、という事にもなるな」

「はい。その時も一つ持っていて見せてくれました」

「その女性はあのテロと関係があるかもしれない訳だ」

「麻也が〔月の石〕を手に入れてから一年半経っています。〔月の石〕の騒ぎが出てきたのもその頃ですから、一回の満月で一個、毎回誰かが出したとして、そこだけで、単純計算で20個程になります」

「ふぅむ。他の場所にもあったとしたら、相当な数になるな。だが、満月の晩にガチャガチャをする確率を考えると、かなり低くなりそうだ。それに、個人的な願い事に使われた物が多いのではないかな。CIAが願い事が叶うと信じたのにはそれなりの理由があるはずだが、そのきっかけがあのカプセル事件だった可能性もある。問題は、他の集団も含めて、本気で信じている集団が幾つ手に入れたか、だな」

「それと、どんな願い事に使われるか、がでしょう?」 と、博行。

「うむ。物質の変換に係わる願い事が叶うとなれば、兵器、バイオテロ、サイバーテロ、何にでも使われる危険性があるな」

 やはり、例の事件が石と関係があった可能性は高い。国家の機密問題としてCIAが追っていたというのも頷ける。

 矢城には、だんだんその石が不気味に見えてきた。

「あの・・・、それから、石の事と関係があるかどうかは分かりませんが、あの女性はわたし達の事を知っていました」

 言いにくそうに、言葉を選んで、麻也が話し出す。

「わたし達の事?」

「わたしとハンサムの事です」

「えっ? 僕達の事を?」

 話についていけず、聞いてばかりだったハンサムが聞いた。

「知らない人だったんでしょ?」

「ええ。初めて見る人だったわ。でも、蓮河さんの事まで知っていたのよ」

「蓮河? それは誰かね?」 矢城が聞く。

「僕と麻也の友達です。大学病院のお医者さんです」 と、ハンサム。

「それで、・・・。それで、変な事を言っていたんです。わたしとハンサムが一緒になると、この世界が壊れると」

 ハンサムが猫だったためだろうか、とは言えない麻也は、誰にも言えない不安に、最後の言葉を震わせながら言った。

「僕達の事と世界とどういう関係があるの?」

「わたしにも分からないわ。わたしが一緒になる相手は蓮河さんだって言われて」

「えーっ! そんな! でも、僕達の知らない人が、どうしてそんな意地悪を言うんだろう?」

「麻也。気にするな。きっと、狂信的な集団に入っている女性が、たまたま月影を気に入っただけの事さ。二人の仲を裂こうとしたんだよ」

 博行がフォロウしようとする。

「でも、僕はそんな女性、知らないよ!」

 慌ててハンサムが否定すると、

「お前が知らなくても、向こうは知っているのさ。なあ、月影。記憶喪失の前に知り合った女性かもしれないだろ?」

「・・・」

 そんな事はありえないと思いつつ、黙ってしまうハンサム。そして、麻也も同様だった。

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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈20.月の石爆発事件 その2〉

『えー、岡部さん。今、そちらではどういう状況ですか?』

 テレビの中で、ニュースキャスターが聞く。

『えーっとですね。爆発が起きてから、30分程経ったと思われます。爆発は、殆どの建物を吹き飛ばし、建物の中央部付近に直径五十メートル位の大きなクレーターが出来ているもようです。建物の中にいた二百余名の安否が気遣われていますが、殆どが絶望視されています。付近の建物も爆発の影響を受けて、ご覧の通り倒壊、炎上したり、怪我人も多数でて、かなりの被害が出ているもようです』

 現地のアナウンサーが答えて、後ろを振り向くようにすると、映像がアップされ、カメラがぐるりと周りを映し出した。瓦礫の間から煙が立ち上がっており、消防士の放水する姿が映し出された。

『先程、情報が入りました。関係当局の発表によりますと、爆発した〔月の石〕は、他にも存在する可能性があるという事です。もし、〔月の石〕と名の付く物を発見した人がいれば、違うと思う場合にも、すぐに当局に届け出るようにとの事です』

『岡部さん、有り難うございます。また、情報が入ったらお願いします』

 ニュースキャスターは、視聴者の方に向き直って、改まった様子で話し出す。

『今日、日本時間で午前十時十五分頃、アメリカのネバダにある研究所で、〔月の石〕と呼ばれている物体が爆発するという事件がありました。詳しい情報が入り次第、追ってお知らせします。さて、〔月の石〕ですが、平戸さん』

 キャスターが隣に座っている解説員に話しかける。

『はい。一年位前でしたでしょうか。日本で、願い事を叶える〔月の石〕というのがありましたね。でも、今回のは別の物と考えた方がいいのではないでしょうか。爆発するという事は聞いていませんでしたからね。もちろん、NASAが持ち帰った月の石とは全く別の物という事です』

『はい。でも、向こうの発表では、違っている場合でも、〔月の石〕と名の付く物は届け出るようにと言っているようですね』

『やはり、安全を第一に考えての事でしょう。〔月の石〕の名前を借りたテロの可能性も考えられますからね』

『日本にも同じような物が存在すると思われますか?』

『分かりません。が、もし、〔月の石〕と呼ばれる物を持っている人がおられるようでしたら、念のため、警察に届け出た方がいいかもしれませんね』

『一体、〔月の石〕というのは何なのでしょう?』

『さあ。日本で噂になった〔月の石〕の場合は、手にとって見た事があるという話があったくらいですから、一見、小さな石のような形をしているのではないかと思いますが』

『実際に願い事が叶ったという人もいたという事ですが、そこら辺はどうなんでしょう?』

『可能性の問題だったのではないでしょうか。現実離れした話ですからね。むしろ、爆発する物質で出来た物だったと言う方が、真実味があるように思います』

『そうですね。もし、〔月の石〕をお持ちの方がいらっしゃるようでしたら、危険な可能性もありますので、警察に届け出られた方が良いという事です』

「物騒な話だな。お前さんの巻き込まれた〔月の石〕ってのは、これと関係があるのかい?」

 矢城刑事が聞く。険しい顔をしてテレビを睨むように見ていた博行は、

「それより、月影。今の話を聞いて、何か感じたか?」

 矢城の質問には答えず、ハンサムに聞いた。ハンサムは、顔を訝しげにしかめて、食い入るようにテレビを見ていたが、

「うーん。僕にはこのテレビの話はよく分からない。願い事を叶える〔月の石〕と、爆発する〔月の石〕は、同じ物なの?」

「そうだよな。この話を聞いた限りでは、同じ物かどうかは分からないよな」

 博行は少しホッとしたように言う。

「尾之多君。もしかすると、あの、例の誘拐事件の発端は、〔月の石〕によって願い事が叶った事が原因だったんじゃない?」

 不安げにテレビを見ていた麻也が聞く。博行と同時に矢城も、ハッとしたように麻也の方を見る。

「さあな」

「ふむ。まさかな」

 麻也は迷っていた。〔月の石〕を持ってきていた異世界の人の事を話すべきだろうか。あの女性の事を言った方がいいのだろうか。

「僕は用事を済まさなきゃならないから、これでお暇するよ。これ、二人にお土産。こっちのはお家の人に食べてもらってよ。じゃあ」

 と、お土産を置いて帰ろうとするのを、矢城が、腕を掴んで引き止めた。

「ちょっと待てよ、坊ちゃん。お前さんの巻き込まれた事件ていうのが何か、まだ聞いとらん」

「刑事さん。僕にはれっきとした名前があるんですよ。そんな呼び方しないでください」

 不機嫌そうな顔で矢城の腕を振り払った。

「そりゃあ、すまなかったな。尾之多博之君、教えてくれるかい?」

 ソファに座りなおして居住まいを正すと、博行が話し出した。

「僕の写真を持っていた奴が、〔月の石〕を知っていたという、ただそれだけの事ですよ。僕はそいつを知りません。何故、どうやって僕の写真を手に入れたかもね」

「ただそれだけの事と言うが、前の事件と関係あると、どうして思ったのかね?」

「なんとなくです。僕は麻也と同級生だったし、月影とも知り合いですからね。麻也が、石の願い事が原因ではないかと考えたのと同じように、可能性の問題ですよ」

「そうか、分かった。野暮用があるんだったな。引き止めて悪かったな」

「じゃあ、失礼します」

 玄関に出て、帰ろうとする博行の後を、麻也が追ってきた。

「待って、尾之多君。尾之多君にも聞いてもらった方がいいかもしれない」

「何を?」

 緊張して聞き返す博行。

「刑事さんと一緒に聞いてほしいの」

 思い詰めたような表情の麻也が言った。

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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈19.月の石爆発事件 その1〉

 麻也とハンサムは矢城刑事と相談して、ハンサムが被害届を出す事にした。そうすれば、警察が動く事によって、襲う側も少しは用心して、襲うのを躊躇うかもしれない、と言うのが理由だった。

 ハンサムの身元が不明である事や、設楽の立場や、諸々の事情を考えて、拉致に関する事は届けず、結局、飲み物の異物混入事件として捜査される事になった。

「どうやら、トイレに立った時に、お茶のペットボトルに薬を入れられたようだな。指紋は月影の物だけだったらしい。当時、あの場所には21人の人が居たようだが、その内の少なくとも一人が、係わっているという事になるな。誰かが入って来て入れていった、とも考えられているのだが、設楽という人が、その間には誰も学校に入って行かなかった、と言っていたんだね?」

 矢城刑事が麻也に聞いた。

 矢城刑事は、管轄が違うので事件の捜査には関わっていないが、情報は教えてもらえる事になっているらしい。非番の日曜日、麻也の家にやって来て、ハンサム達にいろいろと教えてくれていた。

「はい。ずっと見張っていたから間違いないそうです」

「設楽という人は一体どういう人なんだね?」

「よくは知りません。ハンサムと同じ職場にいる人なんですが、尾之多君からハンサムのボディガードを頼まれていた、と、言っていました」

 ハンサムは、睡眠薬を飲まされて、ふらふらと道端で眠ってしまっていた所を、ハンサムの同僚である設楽が通りがかりに見つけて、家に連れてきてくれた事になっている。そのため、設楽は警察から簡単な聴取しかされていないのだ。

「尾之多博行。尾之多家の坊ちゃんだな」

「尾之多君は、今、アメリカに行っているんですが、去年の暮れに、向こうで、〔月の石〕に係わる事件に巻き込まれたんだそうです。その〔月の石〕が、前の事件とも関係あるかもしれないから、注意した方がいいって、連絡をくれていたんです。でも、ボディガードまで頼んでくれていたとは知りませんでした

 麻也は、自分が〔月の石〕で願い事を叶えてもらった事は、絶対に誰にも言わないと心に決めていた。言えば、ハンサムの事も言わなければならなくなる。人間として生きようとしているハンサムが、マスコミや科学の実験の犠牲になるのだけは、絶対に見たくない。ハンサムにも秘密を守るよう頼んでいた。

 ハンサムも、人間として生きていくためには、秘密は守った方がいいと理解していた。

 ハンサムが拉致された夜、〔月の石〕を持ってきた異世界の人に出会った事や、あの不思議な女性に会った事、話された言葉は、今はまだ、麻也だけの心にしまい込んである。

「ふぅむ。〔月の石〕か。何やらアルファベットの集団が、他にも幾つか係わっていそうな、警察の手の届かん事件になりそうな、嫌な予感がするな」

 矢城刑事はちょっと困ったような顔つきで、人差し指でこりこりとこめかみを掻いた。

「アルファベットの集団と言うと、CIAとかですの?」

 丁度その時、キッチンから紅茶とケーキを持ってきた母が聞く。

「あ、いや、あの時はいろいろとお騒がせしましたな。いや、今度の事件は関係ないと思いますよ。単なる嫌がらせではないかと思っております」

 麻也の頼みで、母にも拉致された事は伏せてあった。母の性格を考えて、巻き込まれないようにとの配慮だった。

「嫌がらせで睡眠薬を使うなんて。危ないわ。下手したら凍死してしまうのに。きつくお説教してやってくださいね」

「はい、分かりました。犯人が見つかったら、きつくお説教するよう伝えておきます」

 きっぱりと言う矢城刑事の言葉を聞いて、母は満足したようだった。

 矢城刑事が紅茶をすすっていると、誰かが訪ねてきた。

「噂をすれば影、ですわね」

 母が客を連れてくると、皆が驚いた。

「尾之多君! アメリカに行っているんじゃなかったの?」

「やあ、元気かい? ちょっと野暮用で帰ってきた所だよ」

 大きな土産袋を抱えた博行は、前に会った時よりも大人の女性に成長している麻也を、眩しそうに見つめて、挨拶をした。そこへ、矢城が割って入った。

「ほう、どんな野暮用か聞かせてもらえると嬉しいね」

「これは、矢城刑事さん。刑事さんがここにいるとは思わなかったな。悪いけど、あなたの分のお土産は買ってきませんでしたよ」

 それほど驚いている様子も見せずに、矢城を見て言う。

「構わんよ。お前さん、向こうでおかしな事件に巻き込まれたんだそうだな?」

「え? ああ、あの事ね。単なる事情聴取だけですよ。どうってことありません」

「お前さんのどうってことない、は、あるという風にも聞こえるな」

「はははは。考えすぎると、早く禿げますよ。麻也、こっちでもおかしな事件があったんだって? 無事で良かった」

 返事を適当にはぐらかして、麻也の方に向き直る。

「事件に遭ったのは僕の方だよ」 と、横からハンサムが言う。

「お前、無事で良かったな。今度からもっと気をつけろよ。麻也を巻き込まないようにする為にもな」

「うん。分かってる」

 しおしおになった様子のハンサム。

 母が博行の分の紅茶とケーキを持ってきた。

「刑事さん。さっき、〔月の石〕とか、おっしゃってませんでした?」

「ええ、言いましたが。それが何か?」

「今さっき、ダイニングキッチンのテレビをつけたんですけど、その話が出ているようですよ」

「えっ!?」

 皆の間に、さっと、緊張が走った。応接室のテレビをつける。ニュースの番組に変える。画面一杯に、もうもうと黒煙をあげる大きな建物の姿が映し出された。

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ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈18.陽の使者 その2〉

「行ってきたわ。本当にこれで良かったの?」

 都市の外れにある森の中。短髪のエキゾチックな雰囲気を持つ女性が、森の中心部にある楠木に話しかける。辺りに人影は見えない。

「ご苦労だった。誰かに後を付けられなかったか?」

「付けようとした奴がいたけど、巻いてやったから大丈夫よ」

「そうか。では、その石の使い方を教えよう」

 説明をひととおり聞き終わると、

「使い方は分かったわ。あの・・・、ところで、桐本の事なんだけど、彼は今、無事でいるのかしら?」

「お前を人間に変えた若者の事だな。大丈夫だ。彼は望みが叶った事をまだ知らずにいるのであろう?」

「ええ。目が覚める前に抜け出してきたから、願い事が本当に叶ったかどうか、まだ知らない筈だわ」

 女性は思い返していた。あの日、桐本の願いによって人間に変わった時の事を。元々、桐本に近づいたのも、彼を〔月の石〕の所に導いたのも、その為だったのだ。だが、変身した後まで彼の所にいるつもりは、最初からなかった。悪く言えば、彼を利用して人間に変身する願い事を叶わせたのだ。しかし、彼の無事は気になっていた。

「それならば、そこら辺をうろついている犬どもに見つかった所で、たいした情報源にはならぬ。せいぜい、石の粉を取られてしまうくらいのものだ。危険な目に遭う事はないだろう」

「そう。良かった」

 変身して、桐本の所を飛び出した彼女は、森の中で声の持ち主に出会った。声の持ち主は、彼女の正体を知っていた。それだけではなく、彼女が人間に変身しようとした事まで知っていた。彼女は、声の持ち主に説得され、運命に導かれるまま、声の持ち主の言葉に従い、行動する事になったのだった。

「では、これを渡しておこう。これから必要な物がひとそろえ入っている。くれぐれも、先ほどの説明を忘れるでないぞ。行動は予定通りに運ぶのだ。良いな?」

 洞の中から大きなバッグを持った手が差し伸べられ、バッグが地面に置かれた。女性はそのバッグを手に取ると、中身を確認した。

「本当に、向こう側で彼と出会えるのですね」

「そうだ。向こう側で結ばれる運命なのだ。ジュムニよ、必ず使命を果たすが良い」

「分かりました。行きます」

 女性はその場を立ち去った。立ち去った後の洞から、ゆらりと人影が現れた。長い白髪と銅色の杖。杖の頭部には鈍く七色に光る奇妙な宝石が煌いていた。

 白いマント姿の仙人のような雰囲気の老人は、ゆっくりと、都市の方角へと歩を進める。

 老人は通りを進むと、とある建物の前で立ち止まった。中に入り、エレベーターで7階へと登る。その階のCSS商事と書いてあるドアをノックすると、中から、秘書をしている神那崎樹菜がドアを開けて出迎えた。

「お待ち申しておりました。どうぞ奥へ」

「うむ」

 樹菜が控え室で机の引き出しの中の隠しボタンを押すと、通常の応接室の書棚が両側に開いて、奥の部屋へと道が出来る。道の突き当たりの部屋の中で、何人かの男達が、丸い机の周りに輪になって立っていた。一つだけ空いている席に座るよう、老人に勧められる。

 老人が着席すると皆が席に着き、待っていた男達のうちの一人が話し出した。

「ここにいる者達に、もう一度あの話をお話願えませんか?」

「うむ。〔月の石〕は、我々が〔月の使者〕と呼んでいる異世界の者達が、この世界に持ち込んだ物体である。〔月の石〕は、何らかの方法で異世界と繋がっている、高エネルギー体であると推測されるが、詳しいことはまだ分かっていない。〔月の石〕は使い道を誤れば、この世界のバランスを崩すほどの危険な力を持っている。現在、この世界に6個ほど存在すると思われる。その中の1個がアメリカに、もう1個がユーラシアにある国の手に渡っていると思われる。お主等が見つけた1個を含めて、3個の行方は不明である。残りの1個は我々の手中にある」

「質問をしてもよろしいですか?」

「うむ」

「あなたは一体何者なのですか?」

「お主等と同じように平和を愛する集団の長老の一人と言っておこう。〔月の石〕を持ち込んだ者達を〔月の使者〕と呼ぶならば、我々を〔陽の使者〕と呼ぶがよい。我々は共に手を携えるために、お主等と接触する事にしたのだ」

「〔月の使者〕という者達が異世界から来たと言われましたが、どうやってその事を知ったのですか?」

「彼奴等の仲間が異世界から侵入しようとしている所にたまたま出くわしたのだ。彼奴等の仲間の一人を捕まえて、石の事について詳しく聞こうとしたが、結局、途中で逃げられてしまい、僅かな情報しか手に入らなかった」

「異世界からどうやって侵入しようとしていたのですか?」

「うむ。我々にもよくは分からん。何も無い空間から、いわゆるテレポートでもしてきたように現れたのだ」

「超能力者ではなかったのですか?」

「その可能性は捨てられない。何も無い空間から石を出す器械を取り出した所を見ると、異空間を操る術を持っていると思われる」

「〔月の使者〕達は何故、〔月の石〕を持ち込んだのでしょう?」

「その真の目的は我々にも分からない。が、〔月の石〕の性質を考えれば、この世界を混沌に陥れ支配するためなのか、それとも自ら消滅させるのが目的ではないかと想像される」

 男達の間にかすかなどよめきが起こる。

「しかし、我々人類はそれを阻止できる理性と行動力を持っている筈だ。お主等が見失った〔月の石〕の行方はどうなったのだ?」

「それが、全力を挙げて捜索中なのですが、なにしろ、各国の調査員が入り乱れて必死になっているので、なかなか思うようには捜索できていません。あなた方のほうはどうなのですか?」

「現在、不明のうちの2個を追跡中だ。近いうちに手に入る所まできている」

「それで、あなた方はそれをどう使うつもりなのですか?」

「不条理な異世界からの干渉から、あるいは超能力者どもの暴挙から、この世界を守るために使うのが、最上と考えている。今は手に入れる事が優先されている」

「是非とも手を取り合って、私達の世界を守る為に使いましょう」

「うむ。手に入れた暁には連絡しよう。お主等の方も手に入れ次第、連絡を頼む」

 男達の代表が老人と握手をし、老人は帰っていった。

「ただいま」

「おかえりなさい。向こうはどうだった?」

 夜も更け、辺りが寝静まった頃、博行が樹菜の家を訪ねてきた。

「研究室にこもりきりで、まだ自由の女神も見ていないよ。紗矢は?」

「元気よ。もうぐっすり寝ているわ。ディックは?」

「海の向こう側だよ。近いうちにもう一つお目見えするらしい」

「まあ、どの一つなのかしら。この間、また〔陽〕が差したわ」

「どんな具合?」

「協力してこの世界を守るために使いましょうって」

「ふーん。すごいね。どこかにありそうな映画みたいだ」

「それで、研究は完成しそう?」

「プラモデルのように簡単にはいかないな。要素が一つ足りないし。でも、まがい物くらいは出来るかもしれない」

「そう。頑張ってね」

「これ、お土産。紗矢にも渡しといてくれる? じゃ、今夜はもう遅いから、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 博行の乗った車の後姿が消えていくのを見送ると、樹菜は眠っている紗矢の所に行った。枕元にお土産を置くと、紗矢の寝顔を見つめて微笑んだ。

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