ハンサム・ザ・キャット~愛の因数分解~ 〈22.月の石の力 その2〉
「月影、これはオフレコにしておくから、正直に答えて欲しい。お前、まさか、異世界から来たんじゃないよな?」
突然、思い詰めたような目でハンサムを見ながら、博行が聞いた。
「違うよ」「違うわ」 ハンサムと麻也が同時に叫ぶように言う。
「そうか。それならいいんだ」
半ば、自分自身を納得させるような調子で、博行が言うと、ハンサムと麻也は、秘密がばれてしまうような不安に捕まった。
「ふむ。記憶喪失というのは問題だな。あれから何も思い出さないのかい?」
「はい。ごめんなさい」
視線を下に向けて、うなだれたようになるハンサム。
「謝らんでもいいが・・。思い出せないものは仕方がないからな」
それが一番の問題点なのかもしれないと思い、矢城はこりこりとこめかみを掻いた。
「異世界の人の事、一体どうしたらいいのでしょう?」
麻也が困りきった様子で聞く。
「うむ。おそらく、話しても誰にも信じてもらえんだろうな。異世界とか、空間の通路とか。もし、信じてもらえたとしたら、パニックを起こす事にもなりかねない。取り敢えず、石がある事は、まだ秘密にしておいた方がいいだろう。石がある事が分かったら、どんな集団が来んともかぎらんしな」
「そのユールは、誰かに命令されて〔月の石〕をこの世界に持ち込んだと言ったんでしょう。命令した奴がどういう目的で、この世界に石を持ち込んだかが、問題ではありませんか?」
博行が矢城に問いかける。
「む。そうだな。持ち込まれた石には世界に混乱をもたらす能力がある。混乱をもたらす目的というのは、大体が二つに絞られるな」
矢城は唸って、口をへの字に結ぶと、腕を組んで考え込んだ。
「秩序の乱れに乗じて征服しようとしているのか、それとも、今の今世界を、或いは文明を、内部から崩壊へと導こうとしているのか。人類の歴史から推測すると、どちらかと思われるのが普通ですよね」 と、博行。
「ほう? お前さんも他の目的かもしれないと思うのかい?」
言外のニュアンスを読み取るのが得意の矢城が聞く。
「はい。異世界との通路が存在するとなれば、そんな物を持ち込まなくても、征服は簡単に出来るでしょう。壊すのもわけもない事だと思います」
「わたしもそう思うよ」 矢城が頷くように言う。
「幸せをくれる目的が、悪用されているだけじゃないの?」 と、ハンサム。
「ふふふ。お前のように考えられたら、長生き出来そうだな」
「わたし、ユールが、ジュムルがどう発動するのかを観察すると言ったり、イレギュラーがレギュラーを補完するのがこの世界の成り立ちかもしれない、と言った時、こういう事態を私達がどのように解決するかを見ようとしているのかしら、と、思ったんですけど」と、麻也。
「うむ。人類に試練を与えようとしているという事か。しかし、どんな高度な文明を持っている奴らなのか知らんが、神様気取りで人類を弄んでいるのは、気に食わんな。だが、訳の分からん通路の向こうでは、手も足も出んしな」
「同じ科学の法則が支配している世界なら、全くそうという訳でもありませんよ」
「そう言えば、お前さん、物理学者の道を歩んでいるらしいな。もしかしたら、その何とかいう法則の事を知っていたんじゃないかね?」
「どうしてそう思うのですか?」
「勘という奴だよ」
「ふふっ、刑事さんの十八番ですね」
「前の事件の時は不問にしたが、こうなってくると、どうしても聞き出したくなるね。〔月の石〕に関する情報を他にも知っているんだろう? 話す気にはならんか?」
「申し訳ありません。そのうち解決の糸口が見つかるかもしれませんから、その時に、考えさせてください」
「困った奴だな」
「いろいろと事情があるんですよ、僕にも」
「それで、今後の事なんですけど」 と、麻也。
「こうなったら、毒食わば皿だな。CIA以外にも動いているアルファベット組織があるようだから、おそらくは〔月の石〕に関する対策本部のような所があちこちにあるのだろう。日本の場合はどうなのか、ちょっと調べてみるとするか」
億劫な重い腰を上げるように、矢城は決心したようだった。
「刑事さんのGOサインが出るまでは、すべてここの四人だけの秘密にしておこう。いいよな?」
「あの、実は、蓮河さんも、たぶん私が出会ったのと同じ女性に、出会ったと言ってました。もしかしたら、このニュースを聞いて、何か考えて見えるかもしれません」
麻也は蓮河からの電話の事を伝えた。
「ちっ。あいつまで関わってくるとはな。麻也、今日の話をして、黙らせろ。正義感で突っ走られたら、はた迷惑だ」
「おい、おい、物理学者っていうのは、もっと穏やかな物言いをするんじゃなかったのかね?」
「刑事さんの前で失礼しました。でも、十人十色ですよ」
「わたし、蓮河さんに話して、お願いしておきます」
「この石は私が預かっておこう」
「いや、それは止めた方がいいですよ、刑事さん。そういう物には使ってみたくなる誘惑が付きまといます。月影のような者が持っているのが一番良いと、僕は思います」
「ふむ。なるほど。そうかもしれんな」
「刑事さんにまでガードをつけられませんしね」
「設楽とお前さんはどういう間柄なんだね?」
「月影のボディガードを頼んでおいた人です。正解だったでしょ?」
「ふむぅ。それだけかね?」
「はい」
「ったく、叩けば埃だらけの物理学者になりそうだの」
「刑事さんも僕に劣らず、埃を被っているんじゃないですか?」
「まさか! わたしはこれでも、仏のやっさんで通っているんだ」
「仏にも、牧師と同じで、知った懺悔の職業的守秘義務があるはずでは?」
「物理学者にはへらず口の素質も必要とみえる」
「麻也。仏とか、懺悔って、どういう意味?」
ハンサムが麻也にひそっと聞く。
「気にしないでいいのよ。この二人の間の事だから。言葉遊びみたいなものなのよ、きっと」
麻也がひそっと答えた。



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